10 なぐさめねこ

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10 なぐさめねこ

 契約社員として働き始めてから三ヶ月が経ち、街の香りが、桜からアスファルトに雨が染み込む匂いに変わった。この頃、三から四日に一件は契約が取れるようになっていた。これはすごく少ない件数だ。月平均にすると一ヶ月に三件。前職で学力テストを売っていた時とまったく同じ成績ということもあり、春姫は焦っていた。  ――こんなに親切にしてもらっているのに、私は給料泥棒のままだ。恩を仇で返してる。最悪。もっと頑張らなきゃ。 「春姫ちゃん、顔怖いよ」  土曜日、ショッピングモールの片隅で会場設営をしながら夏木に言われ、思わずにらみつけてしまった。 「なんかあった?」  怒るどころか、心配するようなそぶりを見せる夏木に腹が立った。 「いえ、何もありません」 「そう? ならいいけど。今日も頑張ろうね」  笑顔を向けられて、春姫は顔を伏せる。  ――どうして誰も責めてくれないんだろう。私を雇っているだけで赤字になるのに。本来ならば、こんな社員はすぐクビになってもおかしくないのに。  押村と良くペアを組んでいるニイムラの出向社員は、もともと営業経験があったそうで、初めて現場に出た日から契約を取ったらしい。それ以降も安定して一ヶ月に十件以上取り続けている。  ――私なんか、全然だめだ。  そう思えば思うほど表情が暗くなり、うまくいかないことは経験上分かっている。誰かが自分を「なんでこんなにだめなんだ」と責めてくれたら、焦りをその人のせいにできるのに、シロネコには優しい社員しかいない。春姫は勝手に自分で自分を追い込んでいるだけなのだ。だから、契約が取れないのはメンタルコントロールができない自分に責任があるのだ。
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