10 なぐさめねこ

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「何だお前、ねこねこうるせえな。せっかく俺が契約してやるって言ってるのに。商品なんてどうでもいい。使わないからな。ただ柳沢の成績を上げてやろうと思ってるだけだから。それでもいらないと?」 「でしたら尚更、契約してくださらなくて結構です。『ねこ』をご利用いただくつもりのない方から、お金はいただけません」  夏木が頷く。上司が鼻で笑った。 「なんだよその態度は。お客様を大事にしない会社なんだな」 「お客様? 『お客様』はどこにいるのでしょう?」  夏木がとぼけてみせた。上司の顔が赤黒くなっていく。 「俺は『お客様』ではないと言うのか?」  夏木がよりによってこのタイミングで、完璧な営業スマイルを浮かべた。 「ええ。お金をもらうよりも、大事な部下を守る方が大事です。お引き取りください」  上司は春姫に見向きもせず、夏木を無視して、スマートフォンを取り出した。耳に当てて、どこかに電話をかけ始めた。 「終わった。今すぐ来い。さっき別れた場所だ。なるべく早くな!」  内容からして、きっと妻にあてたものだろう。自分が言われたわけではないのに、足がすくんだ。 「春姫ちゃん、車で休んできてもいいよ」  上司が立ち去った後、夏木に耳打ちされたが、首を横に振って答えた。 「いえ。あと少しですから、最後までやります」 「分かった。無理せずに。何かあったら声かけて」  夏木が春姫の肩をぽんとたたいてから、通行人にチラシを配りに行った。  一人では何もできなかった。情けなかった。シロネコに就職して、自信を取り戻したと思っていたのに、あっという間に崩れ去ってしまった。夏木たちに庇われて、気を遣われて、それでなんとかやってこられていただけだったのだ。自分の実力だと思い込んでいた自分がとても恥ずかしかった。 「『ねこ』いかがですか。家事代行できます。お願いします」  六時まで声は出し続けたが、契約が取れないどころか、話をするために椅子に座ってもらうことすらできなかった。
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