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チラシを手にしたまま動かない春姫を見て、夏木が微笑む。
「今、君が何考えてるか当ててあげようか。この人誰だろう、名前なんて言うんだろう、かっこいいなあ、彼女とかいるのかな、さっきの強気な女の人と付き合ってるのかな。そうでしょ?」
それを聞いた春姫は、深いため息をついて、夏木の横を通り過ぎてコンビニに入ろうとした。
「冗談だって。その反応はさすがの俺でも傷つくよ。ねえ、今度こそ当ててあげるから。『なんで私にチラシをくれたんだろう』。違う?」
春姫がゆっくりと夏木を見た。
「図星だな。いいよ、教えてあげる」
夏木がそこまで言ったところで、押村が叫んだ。
「一分経った! 早く。これ以上待てない」
「分かってるよ。あと十秒」
夏木は叫び返すと再び春姫に向き直った。
「そのショッピングセンターに来たら分かるはず。待ってるね。三日まではそこにいるから、いつでもおいで。じゃあ」
夏木はそれだけ言い残すと、走って車の助手席に乗り込んでしまった。灰色のバンがコンビニの駐車場を出て行く。その場には春姫だけが取り残された。
詳細を聞こうと吸い込んだ息が行き場をなくして、力無く春姫の口から漏れた。
マスクの中で唇を動かす。
「もったいぶらずに教えてよ……」
無意識のうちに握りしめていたチラシは、もらった時よりもずっとしわくちゃになってしまった。春姫はそれをコートの右ポケットに突っ込むと、ようやくコンビニへ入店した。
「いらっしゃいませー」
気のない店員の声とむわっとした暖房に迎えられ、春姫のメガネが曇った。春姫はため息を押し殺しながら右手でメガネを外し、コートのポケットに押し込む。カシャリというチラシが潰れる音がして、紙の感触が春姫の手にまとわりついた。裸眼のせいでぼやけた世界の中、春姫はおにぎりが売っている店内の奥へと歩みを進める。
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