10 なぐさめねこ

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 日中の出来事が頭によぎり、なかなか眠れなかった春姫は、朝起きた時には頭も体も重たかった。休んでしまおうかと考えたが、あの上司の意地悪な笑顔を思い出したら、「負けたくない」と思えた。なんとか支度を済ませ、夏木が迎えにきてくれるコンビニへと向かった。 「おはようございます」  車の助手席のドアを開けて声をかけると、夏木は驚きつつもほっとした顔を見せた。 「お、来たな。おはよ。今日行ける?」 「はい」 「無理しなくていいからね」 「大丈夫です。お給料いただいてるので。ちゃんと働きます」  春姫がシートベルトをしたのを見届けてから、夏木が車を発進させた。  しばらく走ってから夏木がぽつりと呟いた。 「新人なんだからさ、当たり前じゃない?」 「え?」  ぼんやりしていた春姫は間抜けな返事をしてしまう。赤信号で停止した夏木が、横目で春姫を見た。 「春姫ちゃん、新人は仕事できなくて当然なんだ。前の会社で何言われたか分かんないけどさ、初めてやったことで成果上げられたら天才だよ。生後一ヶ月の赤ちゃんに走れって言っても無理でしょ? 春姫ちゃんはそれと一緒。大学出て一年ちょっとの赤ちゃんに、給料分の働きしろって、無茶な要求だと思うよ」  生後一ヶ月の赤ちゃんと言われたにもかかわらず、春姫の体は一気に軽くなった。できなくて当然という言葉が、こんなにも春姫の心を軽くしてくれるなんて、思いもよらなかった。
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