11 さぽーとねこ

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 午後十二時を過ぎ、お客様の流れも落ち着いてきたのを見て、押村が春姫に笑顔を向けた。 「じゃ、休憩行ってくるわね。お弁当買って車で食べるから、何かあったら電話して」 「分かりました」  春姫が営業の仕事に慣れるまでは二人同時に昼休憩をとっていたが、この頃には交代で一時間ずつ取るようになっていた。つまり、今からの時間は春姫と「ねこ」だけで営業することになる。 「ねこもさぽーとします」  「ねこ」がいつもと変わらない平坦な声で言う。今日の「ねこ」は「さぽーとねこ」だった。 「ありがとう」  お礼を言いながらも、春姫の胸がチリっと痛んだ。元上司との一件があってから、「ねこ」は春姫を守ったり支えたりする役割を与えられることが多くなっていた。実際に使う時のイメージをお客様に持っていただくために「ねこ」を連れてきているはずなのに、これではお客様へのアピールにならないのではないかと不安に思う。「ねこ」を売り込むのに「ねこ」に助けてもらっているのでは本末転倒だ。  今日こそ頑張ろうと深呼吸をし、チラシ片手に一歩踏み出した瞬間、体が固まった。  最初は先日も会った元上司夫妻かと思った。背格好がそっくりだったからだ。でも、よく見れば他人であることが分かる。他人と分かっても、先日の出来事が思い出されて足がすくんだ。 「ねこはさぽーとねこです。いまならやすいよ。おてつだいいりませんか」  春姫がチラシを渡すかどうか逡巡している間に、「ねこ」がその人たちに声をかけてしまった。春姫は小走りで彼らに近づき、引きつった笑顔でチラシを渡した。
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