11 さぽーとねこ

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「そうですよね。でも家政婦を雇うのは少しハードルが高くありませんか?」 「まあな。金がどれくらいかかるか分からないからな」 「相場が分かりませんよね。それに人間相手だと気を遣いませんか?」 「うん、まあ」 「今なら一回一時間、千円でこの猫型ロボットを貸し出すことができます。この子にはAIが搭載されていて、お客様の生活をお手伝いします。たとえば、炊事や片付け、買い物、話し相手になるなどの業務も可能です」  春姫はそこで言葉を切って、じっくりと二人の様子をうかがった。男性は腕組みをして背もたれに寄りかかり、女性は眼球をせわしなく動かしながら、男性と春姫を交互に見ていた。まだ警戒心が解けていないようである。めげそうになるが、押村の言葉を不意に思い出した。 『仕事の傷は仕事でしか癒せないのよ』  ――そうだ。元上司によく似たこのおじさんを攻略できれば、自信がつくかもしれない。  春姫は口角を引き上げて笑顔を作った。 「説明を聞いてもなんだかよく分からないと思います。今から実践してみます。『ねこ』はモードが一日一回変えられるのですが、今は『さぽーとねこ』です。ねこさん、よろしくお願いします」  春姫は立ち上がり、少し離れた場所で待機していた「ねこ」を手招きで呼んだ。  女性が目だけを動かして春姫を見た。男性はわずかに眉を上げる。  今までこんなパフォーマンスはしたことがない。「ねこ」と打ち合わせもしていない。上手くいく保証は全くない。春姫は、「ねこ」がやってくる数秒の間に頭をフル回転させた。  ――笑いを取れたらこの場が和むはず。だけど、どうやって? 考えがまとまりそうもない。一言目に何を発したらいいのだろうか。  「ねこ」が突然、何もないところで滑って重心が崩れた。「ねこ」の体が二十度ほど前に傾いたところで、駆け寄った春姫がその体を受け止めた。 「もうっ! さぽーとねこなのに、私に支えられてどうするの?」  思わず出た言葉だった。「ねこ」の体を起こしてやっている時、ぷっとふき出す音が聞こえた。今までずっと所在なげにしていた女性だった。
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