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見つけた
あれは、入社して半月、研修期間を終えた直後のことだ。朝から春雨の降る寒い日で、昼過ぎには雷鳴も大きく轟いていた。
私と杏華は、ファイル整理を命じられ、台車に乗せたファイルの山ごと地下1階の資料庫に隠っていた。
30分ほど経過したとき、天井の蛍光灯が2、3度点滅したかと思ったら、突然暗転した。その上、資料庫の扉が開かなくなってしまった。地下にいた私達には分からなかったが、近くの変圧器に落ちた雷の影響だった。
数時間後、私達の不在に気づいた社員と神崎課長に助け出されたとき、杏華は真っ青でガタガタと震え、ほとんど口がきけなかった。私はというと、そんな可愛らしい女ではなくて――課長に付き添われて医務室に向かう杏華を見送ると、救出に来たもう1人の社員と手分けして残った仕事を片付けた。
この最悪な日――杏華の恋が始まった。一方の私は、残業で疲れた身体を引きずって、1人暮らしの部屋に倒れ込んだというのに。
「課長に奥さんがいることは知っていたけれど、家庭内別居で、転勤を切っ掛けに別れるからって……あたしと一緒になるつもりだって……」
声を詰まらせる杏華の傍らで、私は高揚感に酔っていた。他人の不幸がこんなにも心地いいなんて――こんなにも幸福感をもたらすなんて。これって、まさか。
その夜は、穂南と2人で杏華を励まし、週明けには出勤することを約束させた。
マンションからの帰り道、私は杏華を元気づけるためのサプライズプレゼントを贈ることを提案した。穂南はすぐに乗ってくれ、お花とスイーツのセットをネットで注文してくれた。
この幸運が届いた日、私になにごとかアクシデントが起これば――ビンゴだ。
この世には“幸運”と“不運”があり、この運勢はたった1人の相手と結びついている。
まるで天秤の左籠と右籠に乗せられたかのように、私に幸運が訪れれば、彼女は不幸に見舞われる。私が不幸に沈めば、彼女は幸運の絶頂を享受するというわけだ。
誰にでも、たった1人だけ「運勢の相手」がいる。もし、自分の相手が特定できれば――。
杏華をイメージした白とピンクの花束が、ホテルメイドのベリーのケーキと一緒に届けられた翌日、私はゲリラ豪雨に遭遇した。下着までずぶ濡れになったあげく、猛スピードで走り去る車に頭から泥水をかけられた。茶色い雫が滝のように肌を流れる。激しい雨音が隠してくれるのをいいことに、沸き立つ高笑いを私は抑えなかった。
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