現実は残酷だ

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現実は残酷だ

「何しているのっ!!!」  体力に自信がないくせに、私はそんなことも忘れてビルの階段を駆け上った。呼吸を荒らしても、髪の毛が目に入っても顔に当たっても、滅茶苦茶になっても関係ない。汗なのか雨なのかすらもわからないほどに全身を濡らしながらたどり着いた屋上には、下を見下ろす男の姿があった……。 「…………」  それが誰なのか、すぐにわかった。  葵がいなくなって一番深い傷を負っているのはきっと彼だろう。私が全力で叫ぶと、彼は私の方へ振り返った。 「あいつが死んだのは俺のせいだ……。俺が……」 「違う!」 「違わない!!!………知っていたんだよ。葵がいじめられていることを……、でも聞けばいつも『大丈夫』って言って……。なるべく側にいようってしてたけど……守ろうって思っても、守れなかった」  人気者と付き合う。  それに対する周りの反応というのは残酷だ。  祝福も勿論あると思う。当然、私はそっちだ。だけどそれを良く思わない現実に対して私は怒りをぶつけたい。葵はそれに耐えきれなかったことに加えて、上条のことを思って覚悟をしたのだろう……。 「分からないだろ……。俺だって影じゃいじめられているさ。男子生徒中には俺のことを良く思わない奴がいっぱいいる。…………もう嫌なんだ」  "イケメン"と聞こえは良い。特に女子生徒間では人気であることは確かだが、同じ男子からするとどうだろう?羨む気持ちが空回りして、結局は怒りへと変わって、言葉だけでなく、行動となってしまう。良く思わない男子生徒から彼もまた影では虐めを受けていたのだった。  でも……、 「馬鹿なの?」  でも私は、彼の気持ちに同情したいとは思わない。   「え……」 「馬鹿なの?って言ってるの。耐えられない?だから命を捨てる?何いってんの?」  私だって葵が突然居なくなって、朝起きてあのメッセージを見てしまって、後悔した。助けることが出来たんじゃないかって、過去の自分を恨んだ。運命(さだめ)を恨んだ……。 「俺のせいだぁ!!!俺はもう生きてなんでい゛けない……。こんな後悔を背負って……。こんな気持ち……お前には分からないだろ!!!」 「葵は……私にとって大切な親友だった!!!いつも一緒だった人の気持ちに、何で気づいてあげられなかったのかなって……後悔してる……」  虐めを受けた彼の気持ちなんて私にはわからない。その苦痛も、日々も、失い、自分の気持ちを否定しなければならい悲しみも……。  だとしても! 「でも、それで私は命を絶とうなんて思わないっ!!!そんなのただの逃げているだけじゃない!!!」 「逃げじゃない!!!毎日毎日耐えて、表に出さないように…………、自分を押し殺してきた気持ちを理解できるか?」 「分からない!!!でも、それじゃ葵の気持ちはどうなるの?私は逃げることなんて絶対に許さないよ。そんな事したって残るのは後悔だけだ!!!」  許さない。絶対に。理解できない。  私の目の前に広がる光景が、葵の気持ちも考えた彼の結論だと言うの?葵が望んだ結末なの?違う……絶対に……。 「なんで……、自ら命を捨てることに"勇気"使うの?今が辛くても、生きていれば変えられる!!!やり直せる!!!私はそんなこと微塵も考えなかった。だって……死んだって………あ゛え゛るとは、限らない……のに」  押さえていた気持ち。心に穴が空いてしまった部分を埋めようとするように、再び涙が溢れ出す。  枯れるほど流したはずなのに……。 「わ゛だしだったら学校を変える。ここがが嫌なら遠いところまで行ってやる!!!来世があるだなんて、信じない!!!」 「うるさい!!!…………もう俺を追い詰める人間しかいないんだ……」 「あんたのそれは、あんたが勝手に決めているだけ。罪悪感があるなら、彼女の分まで生きるってもんでしょ?」  怒り。  一発殴って彼女の前に連れていけるなら引っ張って行きたい。そんな気持ちを抑え込む。  枯れてきた喉に鞭を打つように、を両手を握り締めて心の底から声を絞り出す。 「未来を捨てるのに勇気を出すくらいなら……、未来へ踏み出す一歩に、勇気を出しなさいよ!!!」 「……………」 「今が辛くても、生きていれば進む道は無限にある。葵の為にも、死ぬなんて私が許さない……」  隣の席になったときからだ。私の日常が変わって、人にこんなに怒ることなってなかった。  葵が去ってしまったことがなければ、心に穴が空くことも、それを怒りとして誰かにぶつけることもなかったと思う。 「私はあなたを追い詰めてる?」 「…………あ……りがとう」 「本当に、私達って噛み合わないよね。でも、葵を失った気持ちは同じでしょ?私は」  彼だってそうだろう。学校の有名人で優しくて賢い人間が、大切なものを失って今まで押し殺してきたことが爆発して、命を絶とうなんて決断をしてしまうことになるとは誰が想像したのか。  運命というのは非情。  でも、私がここに来たから未来は変わったのかもしれない。いなかったら葵と同じ道を辿って消えてしまったと思う。  運命が私にいたずらをしたのか、それとも彼女が私をここに誘ったのか……。
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