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(え⁉⁉⁉ ちょ、今――っ!)
突然のことに驚き、目を見開く。
けれど、そこにあるのは紛れもなく鬼藤先輩の顔で。
唇に触れているのは、あきらかに彼の唇なわけで。
一瞬にも永遠にも思える唐突な口づけから顔を離した鬼藤先輩は、今まで見た中で一番優しい顔をしていた。
「ずっと、俺の片思いだと思っていた」
「え……?」
「自覚したのは奈紡に何かあるかもしれないと会社を飛び出した時だったが――多分、俺はもっと前から、俺と麻凪に寄り添ってくれる奈紡のことをずっと好きだったのだと思う」
(ちょっと、待て! 待て待て待て! 急に名前呼びだし、急に甘すぎません⁉)
鬼藤先輩の豹変ぶりと、突然の甘さに目が回りそうになる。
心から汗が止まらなくなるけれど、鬼藤先輩の甘い笑顔と怒涛の告白が続く。
「あの日奈紡の家に着いた時、奈紡を失いたくないと一番に思った。アイツ――姉貴の元彼氏が絡んで来たら、コテンパンにしてやりたいと思っていたのに、俺の気持ちはそうじゃなかった。それだけ、奈紡を失いたくないと思ったんだ」
「あ、あの……」
口を挟もうとするけれど、鬼藤先輩は止まらない。
「奈紡がいなくなったらどうしようと、お前まで俺をおいていくのかと、そう思ってしまった。それだけ、奈紡が俺にとって大切な人になっていた――」
けれど、彼の話を聞くうちに、焦りは次第に愛しさに変わる。
嬉しさで視界が霞み、好きがあふれ出す。
「それに、奈紡が姉貴のフリをして、アイツの暴力に耐えていたのだと聞いた。別人だと言えばそれで済む話を、奈紡がそうしなかったのは、きっと――」
「守りたかったからです。鬼藤先輩と、麻凪くんを。私がやられれば、二人は傷つかないと思ったんです。私にできることが、それくらいしか思いつかなくて――」
「……馬鹿だな」
その声がものすごく優しく、耳に響く。
「鬼藤先輩も馬鹿ですよ。火の中に、飛び込むなんて」
「ああ。馬鹿だなぁ……」
互いに、クスクスと笑いあう。
けれど突然、鬼藤先輩が私を真剣な目で見る。
「俺も、きちんと言わなくてはならないな」
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