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朝早く、バルトロとドミニクに見送られフランチェスカ邸を後にする。
荷物は後で持ってきてもらうことにして、市場へと向かった。
昨日のお礼と称して食事を作ることにしていたからだ。材料を簡単に買い揃え家へと向かう。
テオはまだ帰っていないようで、重い紙袋を抱えながら石段に腰を下ろして待っていた。
そのうちにうとうとと眠くなり始め、気がつけばテオが顔を覗き込んでいた。
強い日差しを浴びて蜂蜜色に見える前髪がさらりと揺れる。つり目がちの細い目が瑠璃色の光を放っていた。
「朝早くからすみません、シニョ…テオ」
微かに香る硝煙と血の匂いを消したかったのだろう。もしかしたら、年頃の少女に気取られたくなかったのかもしれない。
「先にシャワーを浴びたいんだが、待っていてくれないか」
「あ、でしたら台所を貸して貰えませんか、今回のお礼にと思って」
そう言うと持ち直した荷物をテオは軽々と持ってくれた。
思いの外綺麗に片付けられた台所に感心しながらも腕に寄りを振るって桜桃のクロスタータを作る。朝食用にビスコッティと軽食用にパニーニを作ってはそれぞれ皿に盛り付けた。
出来上がったカフェラテも添えるとテオは一瞬目を丸くしたけれど、感想は貰えなかった。
「これ」
食事を終え、テオが手渡したのは写真立てと掌に納まるほどの小さな箱。
それを手にした瞬間、思わず手が震えた。
箱の中は古びた小瓶が二つ。
白く、粉状に砕かれてしまったものと、香油に使った石化した欠片。
「...あぁ」
思わず声が漏れる。
魂が震えるとはこの事だ。
長い年月、いくつも探し続けていたけれど、今回のこれは、特別だ。
私自ら迎えに来た甲斐があったというもの。
このままでは涙が溢れかねない。
「ありがとうございます!これで兄も浮かばれます!」
そう言いながらもテオにビズを求めた。
本来ならば、そんなことを求めるのは身の程を弁えなければいけない事であったが、この出会いに最大限に感謝をしたかった。
彼がこの家に居続けたのはきっと彼女の意思だろう。引かれ合った魂の欠片がこれを守ったのだ。
お返しにバーチョを受け取り別れの挨拶とする。
どうか、今世ではお幸せに。
熱を持つ瞼を閉じ、そう願った。
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