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テオに別れを告げ、教会へと向かう。
小さな教会で亡くなったジャンへの祈りを済ませるとワンピースのポケットからペンとメモ帳を取り出し、さらさらと文字を書き込んだ。一枚を小さく折り畳み、座っていた木製の長椅子の下へ跡をつけてきていたテオに気づかれないよう素早く隠すと今度は図書館へ向かった。
図書館の司書の中に知った顔の女性を見つけもう一枚のメモを差し出す。
司書に扮した『姉』はにこりと笑うと、分厚い一冊の本を手渡した。
それを受け取り、人の減る時間まで暇を潰す。医学書に聖書を読み漁れば、時間はあっという間で静寂と本の香りに酔いしれた。
「...それでは、始めましょう」
そろそろ頃合いだと右手首にあるブレスレットに触れる。
司書に渡された本は開くと四角い穴があり、それに小瓶の入った箱を納めるとしっかりと『姉』の顔を見て言った。
「お願いします」
「返却ですね、お預かりします」
丁寧に本を受け取ると、アリシアは立ち上がり奥へと消えていった。
昨夜。ドミニクから報告を受けた。
(不確かな情報だが)
あれの続きを今朝更に続報として聞いたところ、怪しげな男がテオに接触したという。
その男は何かとこちらの動きを邪魔するのが趣味のようで度々接触を図ってきては敵対する武力に妨害をさせ、『家族』を殺してきた。
更にいえば、ジャンを殺したのも恐らくはこの男。
酒に酔った振りをして海に落ちたとしてもそれくらいで死ぬようなジャンではない。
泳いで危機を脱したジャンを溺死に見せかけ殺したのは奴だろう。
今度はテオを使って、または箱の中身を知っていて私を罠にかけるつもりか。
「舐められたものです」
ぽつりと呟くのは図書館から広場に出てからの事。わざわざよく見える中央の噴水に出てきては飾られた聖人の像へ祈るポーズをする。
取り囲むアパートの多数の窓から向けられる視線は二ヶ所。
一つはテオだ。
別れてからも距離を置きつつ尾行してきたのは私の身を案じてくれたのだろう。
もはや偽る必要もなく、ずっと丸めていた背を伸ばし本当の自分を彼に見せる。
オドオドとした気弱な少女は鋭い視線でスコープ越しでこちらを見つめる青年を一瞥すると、右手を空に向けもう一方の視線へと指差した。まるで銃を撃つかのように指先でカーテンを靡かせながら銃口を向けている一室を指し示す。ーーーー 晩鐘が鳴る。
「バンッ」
発した音を鐘の音に書き消されながら銃声が標的を射止めた。
窓へと飛び出した銃身がぶらぶらと揺れる。
白地のカーテンには点々と赤い色に染まった。
「...」
続けて、テオのいる部屋へと指を向けると口許を緩めた。恐らく今頃、教会で受け取ったメッセージをカミーユがテオに伝えている筈だ。
人生を楽しんで。
心の赴くままに。
泉に飾られた聖人の像への祈りはあなたへのものだ。悪戯に出会ってしまった事を喜んでしまった自分への戒めと私を気遣う今も昔と変わらぬあなた様がもう運命の歯車に捕まることの無いように。
私達が二度と会うことがないように。
「今度は私に殺されないように。
悲劇の王妃」
目の前の噴水が上がり、テオの視線を遮ると同時にその場から離れた。
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