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平凡地味系OLな私、田中直子は今日も書類を見ながらキーボードを叩き続ける……
人の三倍速く!正確にすべての書類を作成し終わると、即座にそれをプリンターへと送信する。
本日のお仕事、3社分の決算にまつわる全ての書類……所要時間4時間。そして私は鞄を手に席を立つ。
「高橋さん!今日予定の出しときました!んで帰ります!」
「えっ?もうですか?わかりましたー」
私は一つ先輩の高橋くんに残りを丸投げし、返事も聞かずに走り出す。
そして向かった先は……秋葉原ワンダー劇場。
会社から徒歩10分を全力疾走してたどり着く。
「まっ、まったー?」
心臓が爆発しそうなのをこらえながら、震える声を書ける。
「また無理してー。私がちゃんと並んでるんだから、気にせず時間までゆっくり歩いて来たらいいでしょ!」
目の前の素敵なお姉様が腰に腕を当て私に苦言を言い渡す。今日もへそ出し肩出し太もも出しでとてもセクシーです。
「だ、だってー少しでも早くカエデ様と同じ空気を吸いたくて……」
私はスーハーと、この場の空気を吸い尽くす勢いで深呼吸をする。残念ながらカエデ様たちの尊い香りの代わりに、土埃と周りにいる同胞たちの加齢臭を感じで少し嘔吐いてしまう。
「はあ。何やってるのよ。ほら、これでも飲んで!」
「あ、ありがとう美穂」
この素敵なお姉さん。美穂からドリンクを受け取ると、腰に左手を充てグイっと一口飲み込んだ。うん生き返る。
「ぷはー!やっぱり仕事終わりの一杯はうまいわね!」
「あんた、まだ19でしょ?おっさん臭いセリフ吐くのやめなさい」
さーせん。気分はもうおっさんなんですよ。
「それはごめん。それより、昨日のMアワ見た?カエデ様マジヤバ可愛すぎて悶えた!」
「見ないわけないでしょ!朝から20回は見たわ!やっぱりトバリ様は神!」
私たちは昨日やっていたミュージックアワーという音楽番組のことを思い出し悶えていた。
私たちがいるこの秋葉原ワンダー劇場は、私たちが推している『カラーズファイブ』というアイドルグループが所属する芸能事務所、ワンダーランドの所有する劇場である。
ここでは、カラーズファイブが火曜日と木曜日、夕方にライブをやっているのだ。4時から開園のため私は仕事を速攻終わらせて走ってきたのだ。8時出社、12時退勤。火曜木曜は毎週そのルーチンを繰り返す。
「ほへで、はへへはははひは……」
「食べてからしゃべりなさい」
私は鞄から取り出し口に咥えていた、某栄養補助食品を大急ぎで胃に流し込む。
「ふう。生き返った」
「何回死んでんのよ」
「私は何度でも蘇る!」
「あほか。で、なんだって?」
呆れる美穂。
「カエデ様たちはもう中に入ったの?」
「今日はまだよ」
「やった!」
どうやら今日はまだ劇場に来ていないというので、私はいつもメンバーが入っていくはずの、裏口前の方にある道路を凝視する作業に移った。
時刻は12時30分。おそらく2時から3時までには来るだろう。裏口の方には近づけないようにフェンスがある。しかしちゃんと入るのを見れるように工夫されている。運営の心意気にいつも感謝だ。
私は、16の頃にデビューしたカラーズファイブ、正確にはカラーズスリーというアイドルグループに一目ぼれした。母親に土下座をして土日にあるライブにたまに連れていってもらっていた。
もちろんそこからバイトも始め、自分で土日のライブ資金を出せるようになってから、どっぷりはまってしまって現在の私が作られた。
私は、センターを務めるカエデ様に一目ぼれで最推しで虜なのである。もちろんそれはメンバー追加でカラーズファイブとなった今も変わらない。
そこからは必死で勉強しながら、その劇場のすぐそばにあるところに就職したくて、今の株式会社ナンデモカモンに入社した。人材派遣なんでも引き受けますな会社だったが、経理を募集しているというので17の私は直談判して翌年の経理の枠を勝ち取った。
もちろん必要なスキルは必死で磨いた。
おかげでこの時短勤務も、土日は絶対に休むというシフトも認められた。その代わりライブのない月水金は遅くまで仕事をこなした。人の3倍はこなしている自信はある。
その証拠に2年目の今季からは給料が3倍まではいかないが倍以上に貰えるようになった。社長の奥さんである副社長の鳥子さんにも色々と目をかけていただいている。まああの人は私を通しての金しか見ていないだろうが……
そしてそんなことを考える私の目に、いつも使っているワンダーランド所有の車が映る。
ホントはフェンスギリギリでそのご尊顔を拝みたい。しかしこの場を離れるわけにはいかない。それはどのファンも同じであろう。みんな同じ気持ちでメンバーが車から降りるのを待っている。
運営はそこら辺も考えているのか、並ぶ列は裏口から離れるように並ぶのがルールとなっている。ゆえに先頭に並んだ人が一番近いのだ。
バタンと言う音と共にドアが開き、前の座席からマネージャーの喜愛さんが降りてくる。
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