猫の涙

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「あなたは、夏彦さんなんですね」  涙が溢れ出した。  気づいた時には僕は彼の腕の中にいた。全てを包み込むような、温かい大きな身体ーー。 「どうして連絡くれなかったんですか?」 「飼っていた兎が死んでね。大切な家族だったからペットロスが酷くて。負の感情をばら撒いて君に迷惑をかけると思った」 「言ってくれたらよかったのに」  非力でも、痛みくらい共有できた。助けてもらってばかりだったから尚更。 「他にも伯父が倒れたり仕事が忙しかったり色々あった。君は他人の感情に影響を受けやすいから、僕がいない方が成長できるだろうと‥‥‥」 「そんなの貴方の決めつけです」  実際僕は成長したけれど、半分以上夏彦さんのお陰だ。 「突然連絡を切られた僕の気持ちはどうなるんですか?」 「君を傷つけたことは、本当に申し訳なかった」 「許しません」  腕を解いて向き直る。彼の顔も泣き出しそうに見える。 「もっと僕を信用してほしかったです」 「悪かった」  僕を想うゆえの行動を、これ以上責めることはできなかった。  代わりに彼の目を真っ直ぐに見た。 「僕は貴方から逃げません。だから、これからは逃げないでいてくれますか?」  夏彦さんは潤んだ目を細めた。 「ああ」  唇が重なる。  月の下で、僕たちはもう一度抱き合った。                    了  
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