五章 昼下がりの中央広場の真ん中でおしっこ

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 「司祭長と副司祭が揃って驚いてましたけど、治癒の魔法とかだってすぐ治りますよね?」  昼食時、フランツと共に酒場で軽食を摂りながら尋ねる。(こちらの世界にカフェなんてものはなく、夜も昼も酒場一択らしい)  「飲用薬で、あれだけの少量にも関わらず、全ての不調を完治させたんだ。驚きに値するさ。  司祭長の腰は恐らく魔法や薬で治しきれなかった分なんだろうし、副司祭の打ち身はささやか過ぎて本人が放置してたんだろう。局所狙いの魔法や塗り薬ならともかく、飲用薬でそういった小さな外傷まで逃さず治しきるのは、素直にすごいと思うよ」  「そうですか」  なんか複雑だな。  ただわたしのおしっこを浄化しただけのものが薬扱いされてるんだもん。  しかも、護衛を付けろとまで言ってきた。  「護衛の申し出を受けなかったのはなぜですか?」  フランツも仕事があって、護衛まで手が回らないはずなのに。  「ここで彼らの申し出を受けたら、君を神殿に取られるだろう? 俺は魔術師団所属だぞ?」  「あ、なるほど」  「君を治療院に預けるのは、君の魔力を治療に用いた際のデータを取るためと、貴族としての奉仕活動の一環ということにするためだ。君を神官として差し出すつもりはない」  切った肉を口に放り込みながら、スンとした顔で言い放った後、こう続けた。  「俺が拾ったんだ。もう俺のものだ。誰にも呉れてやるつもりなどない」  一瞬クラッとしかけたけど、わかってる。  フランツのこの言葉にはフランツが魔術師であるという大前提がある。  つまり、この台詞においては、“俺”=“魔術師(団)”だと考えた方がいい。  恐らくフランツは、まるで熱烈な愛の言葉みたいな台詞を言い放った自覚などないのだ。  一瞬ザワつきかけた心を鎮静化させる。  まったく心臓に悪いわ。  「わかってるだろうな、ミアン? 君はもう俺と契約を交わしている。神殿から勧誘を受けるだろうが君に選択の自由はない、その場合の答えは一つ──『既に魔術師団と契約を済ませています』。こう答えるんだ。いいね?」  フランツの綺麗な顔がずずずいと寄ってきて、わたしを威圧する。  ──こわい。こわいよ、フランツ。  「わかりましたから……」  離れて。こわい。  「わかってるならいい。が、気をつけろよ。君はどうも誘惑に弱そうだからな」  離れたものの目線はまだ横目でわたしを睨んでる。  「聖職者が誘惑なんてしないでしょう?」  「するさ。神の名を出せばなんでも許されると思ってる連中だ」  苦々しく吐き捨て、フランツは残りの肉をパンに挟んでガブリとかぶりついた。  ──意外だな。フランツの神殿に対する印象、さほど良くない?  わたしは切ったソーセージにマッシュポテトを少し乗せ、チーズを絡めて口に運んだ。  ん、おいし。  昼食を終えるとフランツは何度も気をつけろと念を押して、しぶしぶと治療院を後にした。  午後からはわたし一人が残り、治療院の手伝いをして過ごした。  基本的には神官が治療にあたる。わたしはその補助で、言われたものを取ってきたり、“聖水”を患者さんに出す際の分量の計測や希釈をしたりといった仕事が与えられた。  貧民救済の治療院だけに、患者さんはガリガリにやせ細り今にも倒れそうな人が多かった。  治療院の脇では炊き出しで麦粥を振る舞っていて、治療院に来る患者さんのほとんどはその麦粥で生きているという話だった。  中には駆け出しの冒険者で、怪我をした仲間を癒やす金も魔法もないので助けてほしいという人の姿もあった。  神官の回復魔法で対処可能ならそれで済ませるし、普通の回復薬で対応したりもする。  ただ、わたしの“聖水”の効果は圧倒的だった。  ほんの一匙分ほどで、ボロボロの貧民の顔色が良くなり、目の輝きが戻る。  体調がいいので仕事を探してくると言って笑顔で治療院を出て行くのを見ると、なんだかわたしも元気になるような気がしてしまう。  「なんか、お役に立てているようで良かったです」  患者さんの波が途切れた時にホッとした思いで言うと、今日担当の若い神官──もしかしたら年下かもしれない──は、嬉しそうに笑って言った。  「正直、こんなにこの治療院でやりがいを感じたのって、俺ここに来て初めてですよ。いくら回復魔法をかけても砂漠に水を注ぐようで手応えがまったくありませんでしたから」  「でも、貧しい人がここのおかげで命を繋いでいるなら、立派な意義のある仕事ですよね?」  「建て前は、そうですね」  神官が苦い顔で呟くように言う。  「貧民など救う価値無し、治療院などさっさと閉じてしまえという乱暴な意見を言う者も、中にはいますから……。ミアン様のおかげで、やっと目指す治療ができるようになった気がして、俺もホッとしてますよ」  「ヨルムはもう、その、“聖水”の試飲はしたのですか?それぞれの担当の日にっていう話だったと思いますけど」  「まだです。魔力もかなり減ったし、貰えるなら飲んでみたいですね」  ニコッと爽やかに笑う神官に出してあげようと聖水瓶を見ると、ちょうど全て空にしたところのようだった。  ……そろそろもよおしてきたところだし。  「ヨルム、すみません、ちょっと席を外しますね」  そう断って奥にある衝立の影でフランツ特製聖水採取ボトルに用を足し、その場で《浄化》魔法をかけてから戻ると、神官はまじまじとわたしの手にあるボトルを見つめた。  「──あ、すみません。その、本当にミアン様の……なんですね」  そう言ってうつむく。  「あ。すみません。気分悪いですよね……」  しまった。いつもの感覚でしちゃった。  この国って結構その場で桶トイレ使用して済ますのが普通みたいだから、つい……衝立あるしいいか~って思っちゃった。  でも、そうだよね、嫌だよね。  遠いからって面倒くさがらないで、ちゃんと来殿者向けのトイレに行けば良かった。  シュンととしてうつむくと、神官はブンブンと手を振った。  「そんなことないです! いや、俺、むしろその新しいやつ、いただきたいです!」  「え、いいんですか? まだ冷えてなくて気持ち悪いと思うけど……」  「気持ち悪くないです! むしろ冷える前のをいただきたいです!」  ……ん?  えっと……ま、いいか。深く考えないでおこ。  「じゃ……」  新しいコップにボトルから直接注いで神官に手渡したところで、聞き慣れた冷え切った声が降ってきた。  「なにしてるんだ、ミアン。これだから神官というのは──」  「ああ、フランツ、お帰りなさい。もう王宮の用事は済んだんですか?」  「済んだ。帰るよ」  「じゃ、これだけ瓶に移しちゃいます」  「いい。俺がやっておくから、ミアンは帰る支度をしてきな」  「は~い」  立ち上がって手提げ袋を取りに向かいつつ振り返ると、フランツは水魔法で一気に五つある小瓶の洗浄から水気を切るところまでを済ませると、横一列に並べて上でボトルをかたむけ、落ちる聖水を五股に分けて一気に詰めてしまった。  すっご。簡単そうにやってるけど、あれめちゃ難しいと思うよ。  「なにしてるんだ。もういいのか?」  「はいはい、只今。待ってくださいってば」  パタパタと袋を取って戻って来ると、フランツはスタスタと治療院の出口に向かう。  「──あの」  ヨルム神官の声が追いかけてきて、  「聖水、ありがとうございます。このまま寝ないでもう一日働けそうなくらい、元気出ました」  振り返ると彼はニカッと笑い、「お疲れさまでした。また、今度」と手を振ってきた。   わたしも手を振り「またお願いします」と答える。  「──帰るよ」  少し不機嫌そうに言ってスタスタと歩き出すフランツに、わたしも着いて部屋を出た。
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