五章 昼下がりの中央広場の真ん中でおしっこ

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 フランツからわたしの体液を調べた結果の報告がきた。  とても不思議なことに、涙、鼻水、唾液、血液は揃って普通の人並み、つまりは光の神殿で最初に普通に魔力を流して出た、中級下位の魔力濃度だったそうだ。  尿と膣液は共に数値が高く、特に膣液が最も高かったのだが、やはり採取量が少ないし採りにくいのもある。  結論としては  「膣液の魔力については伏せておく。ミアンは神の御力をその身に受け、それを尿に宿し排出するという特異な能力を授かった悲劇の聖女として推していく」  というフランツの言葉に思わず真顔で  「いや、推さなくていいんで」  と答えてしまった。  推さないでほしい。いや、推されたら困る。  わたしはこれ以上この能力を大っぴらにしたくない。  マジで。  人前放尿を余儀なくされる能力なんて要らないよ。  「あと、やはり予想はついてたけど時間が経つほど魔力濃度は下がってた。つまり、摂取するにしても攻撃手段として使うにしても、最も効果的なのは、密着して直接──」  ベシッ  「──申し訳ございません、手が滑りました」  ニッコリ微笑んで、うっかりフランツの頭を叩いた右手を左手でメッと叩く。  事故ですよ、事故。  全て事故です。  わたしがおしっこしながら転移してしまったのも、フランツに野ション見られたのも、光の神殿の司祭様たちの前で放尿姿を披露してしまったのも、全ては事故。  もうこれ以上事故を重ねるつもりはないのです。  ですから、わたしを変態露出狂みたいに扱うのはやめて下さいねッ!!  そんな思いの丈を込めた笑顔で圧をかける。  伝わったかどうかはわからないが、フランツは咳払いを一つして話題を変えた。  「で、今日はこれから光の神殿に“聖水”を持って行くわけだけど、ミアン、君には品物を収めた後残って治療の手伝いをしてほしいんだ。俺は少し様子を見て摂取量と効果のサンプルを取ったら、その後王宮に行く用事があるから別行動になるけど」  「わかりました、わたしは大丈夫です」  「じゃ、一旦部屋に戻って準備してくれ。こっちの準備が整ったら使いをやるから」  「わかりました」  フランツに言われた通りに自室に戻り、昨夜から今朝にかけて取っておいた“聖水”浄化完了分を詰めた瓶数本を手提げ袋に入れる。  ふと、瓶の一本を手にとってジッと見てみる。  この瓶は光の神殿で実際に使ってる聖水瓶なのだそうだ。  中身は既に浄化済みの無色の液体なので、言われなければまさかおしっこだとは全く思わないだろうな、とは思う。  けど、うーん。  元の世界ではおしっこを真水に変える浄水器なんてのもあったから、それと同じと考えれば……でも、それだって飲むのにはまだ抵抗があるってのが素直な感想だったようだし、うーん。  さんざん考えて、結局、ま、いいか!と考えることを手放した。  日本とこっちじゃ事情が違う。  飽食の日本と飢えて死にかけてるこちらの貧民とでは比較にもならないだろう。  高濃度の魔力を含んでいることは確認できたけど、これで本当に人が回復するのか。  そんなことをつらつらと考えてるうちに、メイドさんが迎えに来たので、瓶を手提げに戻してわたしはフランツと共に馬車に乗り、神殿に向かった。  馬車内ではフランツはひたすら何かの書類を読み続けていた。かなり揺れるのに頭痛くならないのだろうか、と心配になってしまう。  わたしはというと、どうにもお尻が痛くて、座ってるのがしんどかった。  いや、まじ、馬車ヤバいって。  こっちの人、よくこんなの平気で乗ってるね?!  神殿なんて近いんだから歩いていけばよかった、と心の底から後悔しだしたところで目的地に着いた。  ──帰りは乗らない。絶対。  神殿では今日も副司祭が出迎えてくれて、今日は直接社務所の方に案内された。  応接室に通され隣にフランツ、向かいに司祭長、副司祭といった形で席に着く。  改めて自己紹介をしあった結果、司祭長の名はカール・ベッセル、ロンデルク伯爵家出身、副司祭はハイノ・ラウゼニング、実は王国騎士団の副騎士団長で現在は神殿騎士として出向中なのだそう。  ちなみに、神殿の神官の大半は神殿騎士をかねてるのだとか。つまり、モンクみたいなものなのかな。  どうりで神官の皆さん、ガッチリした人が多いと思ったわ。  ハイノさんのお家は代々騎士の家系なのだそうだ。  そんな情報交換の後、わたしが例のブツを取り出すと、カール司祭長は一本を手に取りジッとそれを見つめた。そしておもむろにこう切り出す。  「実は考えていたのですが……人に与えるならばまず、我々が効果のほどを知るべきなのではないか、と思うのですが」  「え?」  わたしは真剣な顔をしている司祭長を思わず見つめる  副司祭も頷いて言う。  「わたしもそれを思っていました。民に与えるのに自分は飲んだことがないというのは、いけないのではないか……仮に飲むのをためらってる人が、本当に回復するのかと聞いてきた場合に、答えられないのではないかと」  「え、え、それは……だって、お二方とも貴族なんですよね?」  わたしの言葉に、  「私は伯爵家を出た人間ですから」  と司祭長は言い、  「騎士が貴族かどうかは、意見が割れるかもしれません」  と副司祭が柔らかく苦笑する。  「よかった、そちらからそう言ってもらえて。もしその言葉がなければ、こちらから勧めようと思ってました」  フランツがニッコリ笑って答える。  「そういうフランツは……」  「当然、確認済みに決まっているだろう?」  わたしの問いにニヤリと笑うフランツ。  「うぇっ?!」  思わず呻いた。  へ、変態……!!  待って、この流れって、まさかわたしも飲めとか言われちゃう?  ヤダよーヤダー、ムリー!!  「フ、フランツ? まさか、だけど、わたしもとか、言ったりします?」  「ミアンはいいよ。生産者だし」  「言わないでください……」  つい“わたしが産みました”って笑顔でボトル持ってる写真が貼られてる図を想像してしまう。  違う違う、それじゃあ卵に貼られる写真は雌鶏さんになってしまうから。  「すみません、貴重な聖水を無駄に浪費してと思われるかもしれませんが、どうかお願いします」  副司祭が恐縮の様子で頭を下げる。  「いえ、そんなの気にしないでください!こんなのいくらでも出せるんで!」  ハイノさんの恐縮っぷりについそんなことを言うと、横からフランツが  「いくらでも、とはいかないだろう?」  と、冷静な突っ込みを入れてくる。  「……そうですね」  頷くしかない。たしかに、考えてみれば無限に出せるものではなかった。  貴重かどうかはともかく、有限のものではあるので、今日の聖水試飲会はこの神殿トップの二人だけで開催となった。  残る神官たちは、それぞれの治療院担当の日に、ということになり、司祭長は神子(みこ)の少年を呼ぶとグラスを二つ運ばせた。  「どのくらい要ります?」  尋ねながらわたしは小瓶を手提げ袋から二本取り出す。  「一本あれば充分だよ。俺も試したけど、これは普通の聖水みたいに一人で一本飲むと濃すぎて鼻血噴くよ」  「……マジすか」  フランツの言葉に思わず真顔になる。  「フランツ先輩試したんすか……」  「俺は学究の徒だからね」  ドヤ顔で頷かれた。  学者ってさ、自分の追求する学問のためなら普通の人が越えられない壁を易々と踏み越えてくみたいなとこ、あるよね。  ある意味、学者馬鹿最強というか。  「それほどですか」  真剣な面もちで尋ねる司祭長。  もしや、この人も類友だったりする?  「お二方とも、現在特に体に不調は感じていないですよね?」  「そうですね。強いて言えば少し腰が痛むくらいでしょうか」  「私も、昨日の鍛錬で少し打ち身を作った程度ですね」    二人の言葉にフランツは頷いて、  「じゃ、このくらいあれば充分です」  と言って、グラスの底をちょっぴり濡らす程度に小瓶の中身を注いだ。  「これだけで良いのですか?」  目を丸くしてそれを見つめる司祭長。  「これだけです。これ以上飲むと危険です。これは、竜の体液だと思ってください」  「……竜の体液」  ゴクリ、と唾を飲む音が聞こえた気がした。  それぞれのグラスを手にした二人にフランツが尋ねる。  「水で割りますか?」  「いえ、せっかくなので、ストレートでいただきます」  「私も、原液の濃さを確認しておきます」  ワクテカしてる司祭長と、緊張の面もちの副司祭。  どうでもいいけど、人のおしっこをテキーラ扱いですか。  もしくは養命酒?  なんか、公開処刑みたいな気分なんですけど……。  いたたまれない気分でもじもじするわたしの横で、試飲会が始まった。  二人が一気にグラスをあおる。  「……甘いですね」  司祭長の言葉に頷く副司祭。  うぇ?!  甘いって、なにそれ?!  わたし健康だったよ! 検診で引っかかった項目ないよ?  尿糖とか出てないから!  「そうでしょう? 良質な魔力は甘く感じるんですよ。魔力回復薬も甘いでしょう?」  「ああ、たしかに、似てますね。でもこちらの方がよりすっきりした甘みですね」  「魔力回復薬は薬草の雑味もありますからね」  「魔力のみだとこういう味になるのですか」  口々に感想を言い合う男たちの横で、消え入りたい気分のわたし。  もう帰りたいよ。  「体が暖かくなってきました」  「私もです。暑いくらいだ」  そんなことを言いだした二人はやがて  「……あれ? 失礼、少々立ち上がらせてもらっていいですか?」  と言いだした司祭長に、笑顔でどうぞどうぞと頷くフランツ。  傍らでは副司祭が「打ち身が消えてる?!」と袖を捲っていたり。  立ち上がった司祭長は腰を曲げたり伸ばしたり捻ったりして「痛みが消えてます!」と嬉しそうに報告する。  やがて言葉を失った二人の視線が、揃ってこちらに向けられる。  「フランツ男爵。ミアン様に護衛をつけた方が良いのでは?」  副司祭の言葉に  「私も同意見です」と司祭長が頷き。  フランツが溜め息をついて苦笑した。  「やはり、そうなりますかね」  「この“聖水”の効果が知られれば、その御身を狙う者が現れるでしょう。──よろしければ、我々で……」  「少し検討させてください。しばらくはわたしが付きますから」  フランツは柔らかな笑顔を浮かべつつも、キッパリと言った。
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