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事件
やちよはみどり薬局の正面に立った。白い建物が清潔感をかもしだしている。ガラス扉越しに、店内が見える。事務の山口さんを囲み、管理薬剤師の海野先生と、社長であり薬剤師でもある大阪社長が狭いレジカウンターに密集している。
勤務薬剤師の月影先生も白衣を揺らして奥からレジスペースに駆けてくる。
何かがおかしい。引き返すべきかと考えたが好奇心が勝った。
「失礼いたします。霧谷と申します」
自動ドアを開けて薬局内に入る。エアコンが湿度のない、爽やかな風を作り出していた。みどり薬局スタッフ全員の視線がやちよに注がれた。
「霧谷さん、今はそれどころじゃないのよ」
海野先生が、険しい目つきをした。海野先生は女性で40代。背筋がぴしっと伸びていて白衣が似合う。中堅私立大学の薬学部を卒業後、山波大学病院の薬剤部で5年、大手調剤薬局でさらに5年修行を積んだ現場のプロだ。
社長にヘッドハンティングされ管理薬剤師業務を任されている。
「あの、すみません」
とりあえず謝りながらレジを見ると、現金を入れる部分が大破していた。
「このレジ、何かあったんですか?」
「それが、一晩の内に壊されたようなんですよ。泥棒かも」
月影先生が弱弱しい声で応じた。
月影先生も女性。やちよと同い年の27歳だ。旧帝国大学薬学部出身のエリート。新卒でみどり薬局に就職した。
やちよと同じ年齢とは思えないほど大人びていて、黒い瞳は理知的な輝きを放っている。勉強会でも鋭い質問を投げてくる優秀な先生である。
「社長、昨日の売上金がそっくり入ってたんですよね?」
女性調剤事務の山口さんが大阪社長に確認した。
山口さんは眼鏡の似合う30歳。温和な印象がする童顔だが、みどり薬局の事務作業をワンオペで引き受けているためスキルは高い。2年前大手薬局チェーンから引き抜かれて入社した人材だ。
「ああ。普段ならば私が手提げ金庫で自宅に持ち帰るルールなんだが、ここのところ増員で頭がいっぱいでね。つい忘れてしまった」
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