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捜査
車からグレーのスーツを着た男が正面玄関から薬局に入った。遠くからの見た目は普通のサラリーマンと大差ないが、近くで見ると威圧的な目をしている。やちよは、警官のように人を疑う職業に就くと、人相が悪くなるのだなと思った。
「住居侵入と窃盗とのことで参りました。鶴原と申します」
警察手帳を見せ、挨拶をする。
名刺を取り出し、大阪社長に渡した。
「もうすぐ鑑識の者が参ります」
鶴原刑事が低い声で話す。
「すみませんが、裏口から入ってもらえませんでしょうか?」
と海野先生が小声で訴える。
「裏口?」
「職員玄関兼、卸からの薬品の受け渡し口です。患者さんの人目もありますし、できれば大騒ぎをしてほしくはないのです」
やちよもみどり薬局が開店している際は裏の玄関からアポイントをとったことがある。海野先生の懇願は当然だろう。
「分かりました」
鶴原刑事がポケットからスマホを取り出し、何やら指示を出した。
「盗まれた現金はこのレジの中ですか」
鶴原刑事が破壊されたレジを見る。
「そうです。昨日の売り上げが、お札の分、全額盗まれました」
と山口さんが悔しそうに言う。
「普段から売り上げはこのレジに、」
「いいえ」
鶴原刑事の言葉を大阪社長が遮った。
「いつもは私が終業時間に手提げ金庫に入れて自宅まで運びます。レジには明日の分のお釣り、5千円札が2枚と千円札が10枚しか残らないのです」
「ではなぜ昨日はそうしなかったんですか」
「あのう、近く、無菌調剤室を稼働させようと思いまして、無菌調剤のノウハウを持つ薬剤師を募集していたのです。求人で頭にいっぱいになり、つい集金し忘れることが何度か。昨日は本当に運が悪かった」
「それは今年に入って何回かありました。朝礼の時に集金すれば問題は無いので、海野先生も山口さんも何も言わなかっのです」
月影先生が大阪社長の言葉を裏付けた。
「ここには調剤薬局が3件ありますね。失礼ですが、なぜこの店舗だけが狙われたのですか?」
「それは、」
大阪社長が周りを見る。だが、答えられそうなスタッフはいない。
「あの」
やちよは手を挙げた。
「君は誰だね?」
「MRの霧谷と申します。仕事柄、3店舗を回った経験があります。二つの店舗は現金管理のマニュアルがあったのだと思います。また、この薬局のレジが一番防犯や耐久性に問題がありそうでした。工具で簡単に壊せそうなレジを採用していたのは失礼ながらここだけです」
やちよが話し終えた時、裏口のチャイムが鳴った。
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