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身辺調査をしたのだから、そのことも知られていて当然だった。僕がどういう理由で韓国に来たのかももう全部バレているんだろう。
「彼に関わっていると認めるか?」
関わっているも何も、彼のためにソウルへ来て、彼が生活の中心だった。
「……はい」
僕が頷くと、滉一がため息をついて天井を見上げた。
「残念だよ。君が――まさか弟の差し金だったとはね」
「はい……?」
さっきまで僕の言葉に揺れていた彼の黒い瞳が一瞬にして鋭く光る。
「ここにいるミンジェと二人で俺を嵌めようとしたんだな。まさか、存在すら忘れかけていたあいつがまだ國重の後継者争いを諦めてなかったとは恐れ入ったよ」
「え、待って下さい。弟って誰のことですか?」
「おいおい、今更しらばっくれるのか? 弟の関係者だと認めたくせに」
「いえ、関係者なんかじゃ――待ってください。イジュンが滉一さんの兄弟なんですか?」
どういうこと? イジュンは韓国人なんじゃないの?
それとも滉一さんは日本人じゃないってこと?
でも兄弟だというなら、彼らがこれだけ似ているのも頷ける。
「千景……。君がもしかして弟との関わりを否定してくれるんじゃないかと淡い期待を抱きながらここまで来た。だけど、やっぱり君はあいつのオメガだったんだな」
滉一は黒々とした瞳で僕をじっと見つめる。そこに以前のような温かみはなく、冷え切った眼差しだった。
「ちょっと待ってください、違います! あなたと兄弟だとも知らなかったんですよ」
僕は叫んで立ち上がった。すると彼が僕を見上げて言う。
「その匂い」
「え?」
「俺は、君と会う以前にどこかでこの香りを嗅いだことがある気がしてそれがずっとひっかかっていた」
「……匂い……?」
滉一がゆっくりと立ち上がって、僕の目の前にやってきた。かがみ込んだ彼が首筋に鼻をくっつけてくる。僕はぎょっとして一歩身を引いた。
ミンジェの前なのになにするんだよ。
「このベビーパウダーみたいな香り。旅先で君を抱いたとき、なぜか君を以前にも抱きしめたことがあると錯覚した。そんなわけないのに。でも今日君のその服を見て思い出したよ」
僕は自分の残念なTシャツを見下ろす。ピンク色のゾウと紫のブサイクな猫が肩を組んでいる妙な柄だ。
「君は車に轢かれそうになるほど必死で弟とのツーショット写真を追いかけていた。あの子だったんだな」
「あ……」
「あれは偵察だったのか? 顔を隠して俺に接近した。夜なのにサングラスなんて、今考えればおかしいよな」
――ちがう。施術後で顔が腫れてたから……!
「写真は一瞬しか見えなかったが、弟の顔を見間違えるはずがない」
「あの写真は、イベントで撮ったものです」
「あれが? そんな雰囲気じゃなかった。俺は射撃選手だったから動体視力には自信がある。弟は潔癖症ぎみで他人に触れるのを昔から嫌っていたから、自らああやって親しくもない人間に近寄ることはないはずだ」
――そうなの? だからイジュンは塩対応なのか。あの日たまたまファンサしてくれた写真だっただけなのに……って今そんなことはどうでも良い。
「滉一さん、違うんです。全部誤解です! どうか説明させてください」
「もういいんだ千景。君があんまり可愛いから、弟の息がかかってるとわかっていても妻にしたい。だけど俺はこれでも國重グループの社員の人生も背負ってる身だからそうもいかないんだ」
「滉一さん……。ねえ、ミンジェ。君もなんとか言ってよ! 僕たち何も知らないんです。 ね?」
僕は何も言わないミンジェに助けを求めた。しかし彼はただ頭を下げた。
「……申し訳ありませんでした」
――え!? なんでミンジェが日本語話せるんだよ?
呆然としている僕に滉一が冷たく告げる。
「君も認めるんだな。では、この婚約は破棄させてもらう」
「嘘……滉一さん……」
「俺からは以上だ。この数週間は俺も君の恋人気分で楽しませてもらったから、この期に及んで訴えたりはしないつもりだ。ただしこれ以上俺に関わってきた場合はその限りではない」
「滉一さん!」
「イジュンによろしく。ああ、兄弟のよしみで今回炎上してる報道には手を打ってやるよ。だからもう馬鹿なことは考えず芸能活動に打ち込めと伝えておいてくれ」
これに対してはミンジェが答えた。
「感謝します」
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