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12.イジュンとミンジェの事情
滉一は言うだけ言って部屋を出ていってしまった。
最初にホテルのラウンジで会ったときみたいに、後には呆然とした僕とミンジェが残された。
「ミンジェ……日本語がわかるの?」
「ちょっとだけ」と彼が片言の日本語で答えた。
「どうして? ねえ、今の話がどういうことなのかわかった? 僕には何がなんだかさっぱり――」
「ごめん、イジュンの許可なしに俺から説明するわけにはいかないんだ。それじゃあ俺も帰るよ」
「待ってよ! 僕、滉一さんとはうまくいきそうだったんだ。イジュンの熱愛報道があってショックだったけど、気持ちを切り替えて滉一さんと結婚する決心もした。それなのに、なんの説明もなく急にこんなの……酷いよ」
「でもチカは婚約破棄したかったんだよな。よかったじゃないか。これが君の望みだろ?」
「そうだけど、でもそうじゃなくて……!」
彼があの優しい目で僕を見つめた。
「ごめんね、チカ」
玄関のドアに手をかけた彼の腕を掴む。
「待って! これだけは聞かせてよ。イジュンとミンジェは客とキャストの関係なの? それとも、本当に付き合ってるの?」
「……付き合ってはいない。だけど、彼はただの客でもない。報道されたような関係で大体合ってるよ」
僕がそれを聞いてへなへなと床にしゃがみこんだのを振り返ることもなく、ミンジェは出ていった。
「なにそれ……なんなんだよ、みんな……」
◇
その日以来イジュンに対する報道はすっかり鳴りをひそめ、その代わりに財政界の汚職事件や芸能人の薬物使用疑惑などがメディアを賑わせるようになった。
トップアイドルとはいえ、事件性のない熱愛報道に過ぎなかったイジュンのネタはあっという間に一般人の記憶の片隅に追いやられた。
K-POPの熱心なファンの一部では引き続き騒がれていたが、それもやがて別のアイドルのニュースにかき消されていった。
僕はあの日自分の部屋で起きたことをソユンにも話せずにいる。
いくら調べても、イジュンと國重家のつながりを示すような記事はネット上で見つけられなかった。
あの日滉一が「報道には手を打ってやる」と言った通りにメディアが静かになったところを見ると、國重グループの圧力で不都合な事実はいくらでも伏せることができるということなのだろう。
「滉一さんが、イジュンのお兄さんかぁ……」
結局僕って好み一貫してるのかな。アイドルの弟にハマって、そのお兄さんの方には本気で恋しそうになって――。
「別に、本気になる前に別れたからいいもんね! あーあ、なんか面白いことないかなぁ」
芸能関連の番組を見る気にもなれず、サブスクで洋画を見たり、流行りのショート動画を流し見したり。
――バイトでもしようかな。それとも、実家に一度帰ろうか……。
「いや、実家はだめだ」
滉一に婚約破棄されてしまい、父親に電話できっちり怒られてしまって帰れる状況じゃないんだった。
「どうしてお前はおとなしくできないんだ!」と電話口で怒鳴っていた父――。本当にごめんね。余計なことをせずに普通に会っていたら今頃滉一さんと……。
「はぁ、もう思い出したくないのに~!」
考えすぎてお腹が空いたからラーメンでも作ろうとベッドから起き上がる。するとそのときピンポーンとインターホンが鳴った。
――あれ、最近CDとか雑誌は買ってないはずだけど。
「はーい、どちらさまで……」
ドアを開けるとそこにはマスクにキャップを被った背の高い男性が二人立っていた。
「ひぃっ!」
――え、え、嘘。うそうそ嘘!!
「夢……?」
「夢じゃない。誰かに見られる前に中に入れてくれ、チカ」
僕の部屋にやってきたのは以前より少し顔色の良くなったミンジェ。
そして信じられないことに、機嫌の悪そうな表情を隠そうともしないZ-Touchの輝けるビジュアル担当――イジュンだった。
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