12.イジュンとミンジェの事情

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「俺とジュンは同期の中でも特に仲が良かった。波長が合うっていうのかな――今思えばお互いのフェロモンに惹かれ合ってたんだろう。ジュンだけがデビュー組から外されたのがやりきれなくて、二人でしばらくの間練習もせずに遊び回った。素行の良くない奴らとも関わったし、練習生も恋愛禁止だったのに事務所に反発して男とも女とも寝たよ。そしてヤケになった俺たちはジュンがヒートを起こした晩……どうなったかはわかるよね」 ミンジェが隣に座るイジュンの手を握る。 「ミンジェは――イジュンがオメガだと最初から知ってたの?」 「いや、ホルモン投与のせいではじめはアルファだと思ってたよ。妙に魅力的だなとは思ったけど、この業界カリスマ性のある練習生は珍しくないからね」 事務所にイジュンがオメガだとバレた後、デビュー組にはイジュンの本当の性別が知らされた。事務所の代表としてはオメガとわかった上でイジュンをアルファとしてデビューさせる方針だったらしい。 「だけど、事務所の親会社のお偉いさんがオメガのデビューをよしとしなかったんだ」 ――そういうことか……。 するとそこでイジュンが口を挟んだ。 「そのクソ野郎のせいでデビューができなかった俺は、ミンジェにうなじを噛んでくれって頼んだんだ」 ミンジェが先を続ける。 「数ヶ月に一度ヒートが来る体で、トップアイドルにまで登りつめるのはかなり厳しい。ヒート期間中の行動が制限されるからな。だけど、つがいがいれば――」 「そっか、つがいにしかフェロモンが効かなくなるんだ!」 ヒート中にアルファがオメガのうなじを噛むと「つがい」の契約が成立し、未来永劫そのオメガのフェロモンはつがいのアルファにしか効かなくなる。 イジュンが頷いた。 「そういうこと。ヒート中でもつがいのアルファとセックスさえすればかなり症状が抑えられる。更に抑制剤も飲めば普段どおりイベントやコンサートや撮影を行えるんだよ。しかもミンジェにマーキングして貰えば、俺から香るアルファのフェロモンをみんな俺のものだと勘違いしてくれた」 ――だからミンジェとイジュンは付き合ってないけど体だけの関係を続けていたってことか。 「それでどうなったの?」 「その後俺たち二人の関係を事務所の代表に話したんだ。そしたら、つがい同士を同じ事務所には置いておけないけど、俺がデビューを諦めて身を引くならジュンを次のデビュー組にねじ込んでくれるって言ってもらえた」 「俺はお前を犠牲にしてまでデビューするつもりはなかった!」 「わかってるよ。俺が勝手に代表と決めたことだ」 「俺はまだ許してねえからな」 「もういいだろ?」 結局、二人はヒートのときだけ会ってセックスをし体調管理をするという関係に落ち着いたらしい。 そしてミンジェは事務所代表の伝でミストラルコーポレーションに移籍した。ミストラルは本来デートサービス事業がメインではない。ミンジェは本当は映画やドラマのスタントマンの部門にいたのだという。 「だけど俺の不注意で、階段から落ちるシーンの撮影中に肩を怪我してね。これ以上スタントマンは続けるなってジュンに怒られちゃって」 イジュンがフン!と鼻息荒くそっぽを向いた。 「俺ははじめからスタントマンなんて反対だったんだよ! 俺のつがいとしてちゃんとセックスできない身体にでもなったらどうするんだよ」 「でも俺はお前の映画のスタントやるの楽しみだったんだけどな」 たしかに、二人は背格好も近いからちょうどよさそうだ。 「とにかく俺は怪我のせいで部署を移動せざるをえなかった。そしてそれがデート部門だったというわけ」 「俺はそっちも反対なんだよ! 俺が養うからお前は何もするなって何度も言ってるのに」 ――あ、イジュンはミンジェが怪我するのは心配だし、他の人とデートするのは嫉妬するから嫌なんだ。 体だけの関係とは言いつつ、なんだかんだミンジェに対して愛情を持っているんだ……。 「お前に養ってもらうためにデビューを諦めたわけじゃないよ。俺にだってプライドはあるんだから。それに、レンタル彼氏はやってみると人間観察ができて演技の勉強にもなるんだよ。俺は今後演劇をやってみたいなと思ってて、脚本も自分で書いてるんだ」 イジュンのようなスターが人ひとり面倒をみるくらいはなんともないだろう。だけど、ミンジェにも叶えたい夢がある――。 「俺もジュンの単なるセフレじゃなくて、何かしたいんだ」 「それはわかるけど、別の仕事だって良いだろ」 「あの、じゃあ……二人は付き合ってるわけじゃないの?」 僕が気になっていたことを尋ねると二人が顔を見合わせる。イジュンの方がさっと赤面した。 ――あれ?  「それが今日の本題なんだけどね、チカ。俺たち結婚を前提に付き合うことにしたんだ」 「え!?」 「だからね、俺たちだけ幸せになっちゃ悪いだろってジュンを説得してここへ来たんだよ」 「まぁ……兄さんがお前のことを勝手に俺の関係者と勘違いしたせいで婚約がだめになったみたいだからな。俺たちにできることは協力するよ」
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