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「だから高校進学の時、俺は母さんには内緒で父さんに頼み事をした」
韓国の芸能事務所に入ることを母親が許すはずもない。でも未成年のイジュンが練習生になるには親の許可が必要だった。そこで父に手続きをしてもらったのだそうだ。
「父さんは俺が兄さんの邪魔をしたくないと理由を話したらすぐに了承してくれたよ。それで俺は母さんに何も言わずに韓国へ移住したんだ」
「そうだったんですか」
「母さんはキレて事務所まで怒鳴り込んできたけどな」
息子を誘拐したなどと騒いだそうだが、國重の会長がなんとか宥めてくれたそうだ。
「デビューして顔が売れたら、俺はアイドルとして認知されるだろ? そしたらもう、國重の後継者に名乗り出る気はないと信じてもらえると思ったんだ。デビューまでは時間がかかったけど、今は知名度も上がってもう兄さんも俺にそんな気がないのをわかってくれたと思ってたのに――」
國重に関わる気がないことを証明したくて、デビュー後は一切兄にも父にも、母にすら連絡していなかったそうだ。
「母さんは俺たちが子どもの頃から兄に嫌がらせをしてたから、もしかして今も何かしてるのかもな」
イジュンはそう言って苦笑した。
「仲良くしたいとは言わない。だけど、俺が兄さんの邪魔をする気はないんだとわかってほしかった」
「イジュン氏……」
「これでお前との結婚をぶち壊したとなると、結局俺が兄さんの幸せの邪魔をしたことになるだろ。それは嫌なんだよ」
――イジュンはお兄さんのことが今も昔もずっと好きなんだな。
「お前は兄さんと結婚したいんだよな? 兄さんのこと好きなんだよな?」
「それは……」
イジュンの目を直視してしまい、心臓が跳ね上がる。これまでは間違いなくイジュンに対してときめいていた。だけど今見るとその瞳が滉一とそっくりで、だんだん彼のことが恋しくなってくる。
別れる前の冷たい視線――あんな眼差しを向けられたままで終わりたくない。
「僕は、イジュン氏のファンです。応援したくて日本からこっちに留学までしました。だけど、たとえ日本に帰ることになったとしても滉一さんと一緒にいたいと思ったんです」
「じゃあ今からでも兄さんに会う気はある?」
「あの様子じゃ会って貰えないでしょうけど、せめて誤解だったことだけでも伝えたいです。あのままなんて悲しいし――」
「わかった。ミンジェ、あれ渡して」
イジュンに言われてミンジェが一枚の用紙を差し出した。
「これを兄さんに見せれば、俺が日本に帰る気がないとわかるだろう」
イジュンが中を見ろとあごで促すので、僕はその紙を開いた。
「これって――契約書のコピー?」
イジュンが事務所との14年契約を更新した契約書の写しだった。
「俺はこの仕事を辞める気はないから安心しろって言っておいてくれ。あと、ミンジェとの報道を揉み消してくれてありがとうって伝えて」
「――わかりました」
するとミンジェが心配そうに言う。
「チカ、俺たちも一緒に行こうか?」
「ううん、これだけしてくれただけで十分だよ。ありがとう、二人とも」
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