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僕たち――僕とイジュンとミンジェ――は滉一が所有するビルに連れてこられた。彼は6階のバーを貸切にするよう車内で電話をして指示を出していた。
クラシカルな内装の室内には年代物のビリヤード台が置かれている。
滉一は飲み物を持ってくるように言いつけてから革張りのソファに腰掛けた。
カウンターからボーイが氷とグラス、酒のボトルを数種類持って現れる。何を飲むかとボーイに尋ねられたが、滉一は自分でやるからと断ってボーイを下がらせた。
彼は4つのグラスに氷を乱暴に放り込み、ウィスキーを入れてマドラーでかき混ぜる。さらに氷と水を注いで荒っぽくかき混ぜ、各自の前に差し出した。
「ようこそ日本へ」
滉一は杯を上げ、こちらのことなど気にもせずに酒をあおる。
そこへ先ほどのボーイがやってきて、チーズやピンチョスなどのつまみをテーブルに並べていく。
「もうここはいいから下がっていろ」
「失礼いたしました、ごゆっくりどうぞ」
ボーイが消えたのを見届けてまた滉一はグラスに酒を注いだ。
「で? 詐欺集団が勢揃いで俺をどうするつもりだ?」
「詐欺だなんて――!」
「兄さん、俺に関する報道を抑えてくれたのは感謝してる。だけど勘違いしないでくれ、俺はこっちに戻ってくる気はない」
「ほう、それを信じろと? 俺の好みまで探って、自分の息のかかったオメガを娶らせようとしたくせに」
僕は黙っていられずに口を挟む。
「違います! 僕はただのZ-Touchファンなんです」
「君は黙っていてくれ」
「でも――」
「それで、潤二。帰ってくる気のない日本にわざわざやってきたのはなぜなんだ?」
滉一はグラスを持ったまま背もたれによりかかり、足を組んだ。
――なんだよ、滉一さん僕には話しすらさせてくれない……。
「千景くんと俺は関係ないって説明しに来たに決まってるだろ。兄さん、フェロモンでばればれだよ。千景くんにまだ未練たらたらだろ?」
「黙れ、お前は千景と俺を結婚させて、國重グループを裏から操ろうとしてるんだろう」
「おいおい、そんなのドラマの見過ぎだよ! 俺はさっきはじめて千景くんと会ったんだ」
それを聞いて僕はぎょっとした。
「ちょっと待ってくださいよ!」
「え?」と三人の男たちが僕の方を見た。
「それは聞き捨てならないです。パク・イジュン氏」
「は? 俺?」
イジュンが戸惑った表情でこちらを見ている。
「今あなた僕と『さっきはじめて会った』とおっしゃいました?」
「だって、そうだろ」
「酷い! この前僕にウィンクしてくれたじゃないですかっ! ハグもしたことあるのに!!」
「はぁ……?」
イジュンとミンジェが顔を見合わせる。その向かいで滉一が眉間にシワを寄せた。
「ほらな。潤二、お前が隠そうとするのはやましいことがあるにちがいない。俺は潤二と千景が仲良くハグしてる写真も見たぞ」
「そんなの知らないって。おい、千景。お前おかしなこと言うなよ」
「酷い! 僕これまで三年間あなたに貢いできたんですよ……? あの日はやっと僕のこと認知してくれたと思ったのに、僕を騙したんですね?」
僕がそう言うと今度は滉一がイジュンに向かって睨みをきかせる。
「お前、千景を騙して三年も貢がせていたのか」
「誤解だよ! 千景お前、貢いだってそれはコンサートとかグッズの話だろ?」
「……そうですけど?」
滉一が「は? なんだそれ」と首を傾げている。
「これ見てください。今までイジュンに貢いできた証です」
僕はスケジュール帳を出して皆の前で開いた。そこには過去三年間のコンサートチケット購入やグッズ購入、その他遠征費用などの内訳が事細かに記されていた。
「こっちも見てください。『2022年12月16日クリスマスイベントで初のハグ』それからこっちは……『2023年3月20日握手会で前髪を褒められる』――ね? 全部記録してるんです。僕は今日より前からイジュン氏と会ってますから!」
僕が自信満々で手帳から顔を上げると、三人の冷たい視線が突き刺さった。
「え……何? 僕変なこと言った?」
イジュンがため息をつく。
「わかったよ。千景とはどうやら三年前から知り合いということらしいな。でも兄さん、これでわかっただろ? この子は俺の差し金なんかじゃない。自分でお金を払って俺を応援してくれてたファンだよ」
「そうです!」
滉一もさすがに使い込まれたスケジュール帳と購入履歴の一覧を見せられて僕とイジュンに個人的な付き合いはないと理解したようだ。
「ああ、わかった。千景がイジュンのファンだということは認めよう」
「よかった!」
――もしかしてこれで滉一さんは僕との結婚を考え直してくれる!?
「じゃあ兄さん、千景とはよりを戻すってことでいいよな?」
「いいや」
滉一は首を振った。
「余計に俺は千景とは結婚できない」
――え?
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