14.千景、日本へ行く

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「はぁ!? なんでだよ兄さん。俺と関わりがないってわかったんだからもういいだろ」 「だって千景は俺のことが好きなんじゃなくて潤二のことが好きだってことだろ。俺は誰かの代わりなんてごめんだからな」 そう言って彼はそっぽを向いた。 ――なにそれ。もしかしてやきもち? 「兄さん、勘弁してくれよ。これ以上俺を巻き込むなって」 するとそれまで無言だったミンジェがイジュンの袖を引っ張った。そして二人でこそこそ話し合っている。 どうやらミンジェは簡単な日本語しかわからず、今までの会話は聞き取れなかったようでイジュンが通訳しているのだ。そして説明が終わるとミンジェが大きくうなずき立ち上がった。 「ミンジェ、どこ行くの?」 そう尋ねた僕の前にミンジェがやってきた。僕の手を取ってその場に立たせる。どうしたのかと思って見上げていたら、だんだん彼の顔が近づいてきてミンジェにキスされてしまった。 「ん、ん~っ!!?」 ――はぁっ!? な、なに!? 彼の胸を押すとやっと唇が離れた。 「クマネ(やめてよ)!」 「チカ、コウイチさんがチカと結婚しないなら俺達と三人で付き合おう」 「へ……?」 ミンジェが僕の肩を両手で掴みながら見下ろし、微笑んだ。 ――ちょっとちょっと、どうしたっていうんだ?  アルファのフェロモンでめちゃくちゃ圧力掛けられてるんですけど!? いつのまにか甘い香りが漂ってきて、それを吸い込んだ体が勝手に熱を帯びる。オメガの僕がそれに抗えるはずもなく、膝が震えてうまく立っていられなくなった。 よろけた僕の手を横からイジュンが掴み、腰に腕を回して支えてくれる。 「それもそうだな。兄さんがいらないなら千景は俺達の嫁にするよ」 そう言ってイジュンが僕の頬にあろうことかキスしてきた。 「え、え!?」 ――やめてやめてこんなことされたら今日が僕の命日になっちゃうよ! ミンジェのフェロモンとイジュンからのキスでパニック状態になっていると、滉一が立ち上がって一喝する。 「いい加減にしろ!」 場の空気が一変した。僕の周囲を漂っていた甘ったるいミンジェのフェロモンが滉一の威嚇フェロモンでさっと一掃され、僕とイジュンは立っていられず二人で腕をつかみ合ったまま膝をついた。 ――やばい、僕もだけどイジュンもオメガだからこんなの浴びたら耐えられないよ……。 アルファであるミンジェですら圧倒されて怯んだところへ、滉一が近寄ってくる。そして彼は僕の体を抱き上げた。 滉一はミンジェを牽制したまま僕をソファへ寝かせた。 僕の頭を膝に乗せる兄の様子を見てイジュンが言う。 「兄さんもうわかっただろ? 今千景を手放したら、俺達じゃなくても他の誰かと千景は恋人になっていつか結婚するんだ」 「……うるさい」 「千景は――いやどんなオメガでも、一度このアルファだって心に決めたらそう簡単に忘れられない。千景が苦しんでもいいのか? 俺達はそんなの見たくないから兄さんが捨てるなら彼を拾おうって言ってるんだ」 ――なにそれ嘘でもうれしいんですけど!? 「どうせ兄さんのほうが重症だろ。千景が他の人とキスするのも耐えられないのに、誰かと結婚なんてしようものなら生きていけないんじゃないの?」 「お前の代わりなんて嫌だ――」 「他のアルファの匂いプンプンさせてる千景なんて耐えられるのか?」 「くっ……」 僕のことを膝枕している滉一のスーツを引っ張る。 「滉一さん……僕はイジュン氏のことは推しだと思ってるんであって、リアコじゃないですよ……」 「リアコ? なんだそれは?」と滉一が眉をひそめる。 「リアルに恋してるんじゃないってことです。僕、恋愛対象として好きなのは滉一さんだけだよ」 「だが、さっき潤二たちにキスされて赤面してただろ!」 ――いや、地味に嫉妬深いな!? 「それは、フェロモンのせいで……」 「兄さん、聞いてくれよ。俺はミンジェと結婚することになったんだ。今日はそれを報告に来た」 「何だと――?」 これは予想外だったらしく、滉一が目を見開いた。 「これまで兄さんには黙っていたけど、俺はアルファじゃない。本当はオメガなんだ」 滉一も僕がこのことを聞いたときと同じように口をぽかんと開けた。どうやら兄である滉一も知らなかったらしい。 「何をまた馬鹿なことを……」 「今まで母さんが必死で隠してきたから知らなかっただろう。でも本当だ――これを見て」 そう言ってイジュンは僕に見せてくれたときのように滉一にうなじの噛み痕を示した。 「本当なのか? お前が、オメガだと……?」 「ああ。俺のつがいの相手はミンジェだ。本当に千景とはなんともない」 滉一はイジュンとミンジェを交互に見比べて言う。 「お前たち、アルファ同士で付き合ってるから熱愛報道を揉み消したいんだとばかり……」 「まだしばらくの間は結婚のことは伏せておくつもりだけど、とにかく俺たちはデビューする前からつがいの関係だったんだ」 「そんな……」 「母さんは検査で俺がオメガだとわかった後、アルファホルモンを投与して俺に後継者争いをさせようとしたんだ。でも俺は元々そんな気は無かった。だから韓国へ行ったんだよ」 その後はイジュンは滉一に僕が聞いたのと同じ話を説明した。 それでようやく滉一も今回の騒動での勘違いを認めてくれたのだった。
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