0人が本棚に入れています
本棚に追加
そんな古刹のアパートの隣に好みドストライクな彼女(彼?)が引っ越してきたところからこの話は始まる。始められる。
黒髪碧眼、スラっとして目を引く容姿。古刹に引けを取らないその美貌は周りの人を魅了するに値するが、当の本人がそれを良しとせず、ジメっとヌルっと、人の視線を掻い潜りながら生活するを良しとしているようだった。
初めて逢ったのは、アパートから徒歩3分のコンビニエンスストア。
「いらっしゃいませ。」と多分言われたような気がしないでもないが、古刹の耳元に届くまでのタイムラグがあったのか無言でレジ操作をされているかのような接客態度の彼がファーストインプレッションだった。今まで、レジ対応ですら電話番号やLINEIDの交換を求められてきた古刹にとっては初めての体験でとても新鮮に思えた。
「早くボタン押してください。」とか細い声が聞こえてきてようやく目の前の出来事に戻ってくることができた。レジのタッチパネルに会計方法のボタンが並んでいる。バーコード決済を押してスマホを操作し、レシートを受け取る。ふと目を上げて店員の名札を見る。『しず香』とだけ書かれていた。クラブの源氏名みたいだなと思った。
「ありがとうございました。」の声もか細すぎ去り行くて古刹の背中には届きはしなかった。
それだけなら、頭の片隅に置いて次の日には忘れるような出来事だったが、その次の日にアパートの出入口で逢ったのだから忘れようがなかった。
「あ、」と先に声を出したのは古刹だった。
「あ、」と声をかけられたしず香は、訝しむような眼で古刹を睨んだ。誰か分からなかったのだろう。数多く出入りするコンビニの客なんて覚えていたらキリがないのだから。
最初のコメントを投稿しよう!