承認薬を巡って

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「すみません、多田(ただ)コーチ。エナジードリンクと仰られても、私飲んだことがないのでよくわかりません」  承認薬の存在は知っていたけど、その例えじゃちょっとわからんな。 「え……マジか」  唖然としたのは彼だけではない。普段は無表情を崩すことこない桐生(きりゅう)コーチでさえ、目を点にしている。 「え、オロナミンも? リポビタンも?」 「はい。一滴もありません。ですので、申し訳ありません!」 「あ、それじゃあしょうがない──ってちがーう! そんな断り文句じゃ納得出来ないに決まってるだろ、この天然! 俺はそういうことを訊いてるんじゃないんだよ!」 「いえ、あの、それは勿論わかってるんですけど……。すみません……?」  きょとんと小首を傾げると、桐生コーチは口元に手を当てて肩を震わせた。 「ああクソっ!」  赤くなった多田コーチは、今度は別の意味で苛立たしげに扉を閉め、大股で去っていった。  その後ろ姿が完全に見えなくなると、私は無意識に詰めていた息を吐いた。  悪い人じゃないけど押しが強すぎるんだよね、多田コーチって。 「多田が悪かったな、美羽(みう)」  低く落ち着いた声が近づく気配がし、再び振り返る。 「いえ、大丈夫です。コーチなりに考えてくださっているのでしょうし。ただ──」
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