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◇ 慶太はチェックアウトためにフロントに向かいながら沙羅へ声を掛けた。 「少しここで待って居て」 「うん」  カウンターの前で何気なく振り返ると、沙羅は手持ち無沙汰な様子でロビーのソファーに腰を下ろし、こちらの様子を窺っている。自然と視線が絡み、ふわりと笑みが溢れる。  「直ぐに行くよ」と口パクをして、カウンターで支払いのカードを提示した。    まるで学生の頃のように浮かれていると、自覚はしている。けれど、やっと沙羅と気持ちを確かめ合い結ばれたのだ。この先、ふたりの時間を育んでいきたいと考えてしまうのは当然だと思う。    明細書にサインを終えたところで、背中に人の気配を感じて振り返った。 「慶ちゃんもこのホテルに泊まって居たの? じゃあ、噂のお相手も居るのかしら?」  好奇心むき出しで、キョロキョロし出したのは、腹違いの妹である一ノ瀬萌咲だ。やっかいな相手に見つかってしまったと、慶太は端正な顔を歪める。 「余計な詮索は、いいから大人しくしてくれ」 「えー、どんなご令嬢にも興味を示さなかった慶ちゃんが必死になっているって聞いては、見たいって思うのは、仕方ないでしょう? あっ、あの人ね。コッチ見ている。手振っちゃおう」  大胆にも萌咲は、沙羅へ手を振る。  一瞬キョトンと驚いた顔をしたが、沙羅は状況を把握したのか、ぎこちない笑みを浮かべながら小さく手を振り返した。  そんな、沙羅の表情も可愛いと思ってしまう慶太は重篤な恋の病の罹患者だ。   「良い感じの人ね。でも、普通の家の人なんでしょう?」 「高校の時の同級生なんだ」 「……結婚は、考えているの?」 「今は無理だけど、いずれは、したいと思っているよ」  さらりと言う慶太に萌咲は眉尻を下げる。 「うーん。じゃあ、お父様に知られないように慎重にね」 「父はうるさく言わないと思うよ。現に萌咲の結婚にだって何も言わなかったじゃないか」  過去、母の聡子には、あれやこれやとうるさくされた記憶のある慶太だったが、父の健一からは得に付き合いに関して言われた事は無かった。 「わたしと慶ちゃんとでは立場が違うもの。慶ちゃんの見通しは甘いと思う。いくら愛し合っていても、わたしの母とは結婚しなかった人なのよ。それは、恋愛と結婚は別だと考えているからよね。TAKARAグループの総領に掛かる期待の大きさとか考えたら簡単じゃないはずよ」      
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