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秋晴れの空の下、ウキウキとした気分で、駅に向かう。
10時出勤は、朝のピークを過ぎて電車通勤もきつくない、つくづく良い職場だなと思いながら改札をくぐる。 階段を登り切り、ホームに出るとタイミング良く電車が滑り込んで来た。
プシュッとドアが開き、乗り込む。車内は、席は埋まっているものの、立っている人はまばらだ。
つり革につかまっている背広姿の男性と視線が合い、沙羅は驚きのあまり立ち止まる。
「政志……」
もっと早い時間に出勤していたはず、同じ路線とはいえ会う事を想定していなかった。
「久しぶり、元気そうで安心した」
政志から出会った頃のように優しい笑顔を向けられて、知らんぷりもできずに隣に立った。
「うん、おかげさまで元気にやっているわ。これから仕事なの」
「そうか、順調なら良かった……美幸は元気にしているか?」
「勉強がんばっているわよ。土日も塾に行っているし、模試もあって何かと忙しいの。……面会の時間が取れそうになくて、ごめんなさい」
「まあ、仕方ないさ。落ち着くまで待つよ」
そう言って政志は視線を落とした。
きっと、美幸が会いたくないと言っているのに気付いたのだろう。
沙羅は、寂しそうな政志の横顔を見つめる。
少し痩せたみたいだが、背広もYシャツもヨレていない。ちゃんとクリーニングに出しているようだ。
「政志さんも元気そうで安心したわ」
「ああ、みっともない父親にならないように、どうにかやっている」
政志の不倫相手だった片桐は結局、田舎に連れ戻されたと聞いた。
今、政志はあの家にひとりで暮らしている。
「今日、政志さんに会って元気そうにしていたって、美幸にも伝えておくわ」
車内にアナウンスがかかり、下りる駅の名前が告げられる。電車が速度を落とした。
「じゃあ、政志さんもお仕事頑張ってね」
「沙羅もな。体に気をつけてな」
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