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 他に家庭があった健一とは親子でありながら、慶太には温かな家族としての思い出などなかった。  豪奢なテーブルを挟んで、向かい合ったふたりの間には、ピンと張りつめた空気が漂う。   「忙しい中、呼び出したのは他でもない。聡子の一周忌も済んで喪も明けた事だし、お前もそろそろ身を固めたらどうだ。男は家庭を持ってこそ一人前だと言うじゃないか。先日、商工会の集まりに出た際に、これを預かった」  目の前に置かれたのは、6切りサイズがすっぽり入る大きさの封筒だ。わざわざ開かなくても、中身は予測が付いた。  お見合い写真だ。  慶太はスッと背筋を伸ばし、健一を見据える。 「会長、せっかくのお心遣いですが、お見合いでしたらお断りします」  キッパリと言い切る慶太。その様子に、健一は何かを思いついたように片眉を上げた。 「なんだ、意中の相手がいるのか。どこのご令嬢だ?」  いままで、母親の聡子から結婚話しが出た事があっても、父親の健一から結婚の話しをされた事は無かった。  だから、結婚の時期や相手については慶太自身の判断にゆだねられているものだと思っていた。  だが、こうしてお見合い写真を目の前に置かれた今、強引に進められそうだ。  妹の萌咲から言われた言葉が脳裏に過る。 『慶ちゃんの見通しは甘いと思う。いくら愛し合っていても、わたしの母とは結婚しなかった人なのよ。それは、恋愛と結婚は別だと考えているからよね』  ふたつの家庭を持っていた父親。それは、利益のために慶太の母・聡子と結婚し、愛のために一ノ瀬萌咲の母・咲子の家に通っていた。  慶太は、意を決したようにギュッと膝の上で拳を握りしめる。 「いえ、結婚相手は自分で見つけたいと考えています」 「それなら、見合いも一つの出会いだぞ。会ってみて自分の目で確かめてみれば良いじゃないか」      
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