治験の日々

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治験の日々

 治験の初日。製薬会社の担当者より簡単な挨拶と、これからする治験についての簡単な説明があった。 ※この説明が終ったら守秘義務契約書にサインをする事 ※起床は7時。就寝は22時を守る事。 ※食堂で毎食前に治験薬が配られるので、その薬を飲んでから食事をする事 ※食事をしたら1時間は必ずベッドで体を休める事 ※下痢、便秘、腹痛、頭痛など、体の不調が現れた時にはすぐに担当医師に申し出る事 ※1時間ベッドで体を休めた後は、談話室や図書室で自由に過ごしてもよい ※毎日夕食後1時間が立ったらかならず入浴し、清潔にしている事 ※途中で治験が続けられなくなった場合は、そこまでの給与を支払うが、治験の内容については守秘義務契約を守る事 ※無断で外出などをした場合は給与は支払われないので気を付ける事  外出してしまうと、外で余計なものを食べたり、酒を飲んだりする可能性があるので、治験が終るまでは外出も禁止なのだそうだ。  直人は、こんなに楽なことはない。と思い説明後の守秘義務契約書をよく読みもせずにサインをして、担当者に渡した。  守秘義務契約書には、当然のことながら治験の内容を退院後他人に話さない事が大きく示されていた。そして、小さな字で、治験の期間は当初の予定よりも長くなる可能性がある事と書かれていた。  そうして、その日のお昼ご飯から治験が始まった。  食堂に行くと各自席が決まっており、治験薬が置かれている。  まず、その薬を飲んでから、食事を始めた。  この一か月食べていた食事よりも内容が豪華で驚いた。治験までの一か月はいかにも栄養士が作りましたといった薄味で野菜中心の食事だったのだ。  それが、お昼から豪華にステーキが出てきた。スープもオニオングラタンスープでボリューミーだし、美味しい。他に、チキンと茸のサラダと温野菜がついている。  食べ終わったら、食休みを1時間。眠ってもいいし、ただベッドで横になっていてもいい。  1時間後、1時間が経ったと言う合図の音楽で直人は目を覚ました。どうやら眠っていたらしい。不思議なことに同室の全員が眠っていたらしく、眼をこすりながら起きだしていた。  直人は入り口から見ると右側の窓際 直人の隣は「キヨシ(20)」と名前だけがベッドの上に書いてあった。どうやら個人情報の観点から名前だけをカタカナで書いてあるようだ。直人の向かい側は「タカシ(19)」左の入り口は「ツヨシ(23)」と札が掛かっている。数字は年齢だろう。直人の所には(18)と書いてあるので、予想がついた。  一応、何か月か同室になる仲間なので、名前だけで自己紹介をした。みんな直人と似たような事情でここにいるらしい。  治験は危険なこともあると聞くので、まともに仕事がある人間など来ないのだろう。でも、新しい薬はきっと役にたつ様になるだろう。何もとりえのない人間としては、誰かの役に立てると思うだけで少しは嬉しい。  それに、なにより美味しい食事を食べて好きなことをしていれば良いのだ。  報酬も一か月40万円。治験として高いのか安いのかもわからないが、これまでの仕事を考えれば破格の給料だ。  そんなわけで、みんな真面目に初日に言われたことを守って治験をつづけていた。大抵、食後の1時間は眠ってしまうのだった。  1か月ほど経ったある日、昼ごはんの後の眠りから覚めるとツヨシが消えていた。担当者に聞いてもそれぞれの事情だからと何も教えてはもらえなかった。  2か月ほど経ったある日、やはり昼ごはんの後の眠りから覚めるとキヨシがいなくなっていた。この時はもう担当者に聞いても無駄だと思い、何も聞かなかった。  入り口側の二人がいなくなって病室はなんだか広々としてきたが、ベッドと名前だけはそのまま残されていた。  3か月ほど経ったある日、タカシまでいなくなった。さすがに直人もこれは何か薬の副作用でも出て、みんな別の場所にいるのではないかと不安になって来た。  最低限の3か月が過ぎてもまだ治験は終わらなかった。  一人の病室で過ごす時間は流石に寂しくて図書室から本を借りて、学生以来初めて小説なるものを読んだ。江戸川乱歩シリーズは小学生の頃、少し読んだことがあった。端から読み始めた。  そのうち4か月が経ち、直人は本を読んでいる時にふと自分の手を見て驚いた。手がない。確かに本を持っているのに病室着と本の間に手が見えないのだ。慌てて部屋についている洗面台の鏡を見に行った。顔が映っていない。  狼狽え、これは大変だと病室を出ようとした時、ツヨシのベッドから声が聞こえた。 「大丈夫だよナオト。これが治験薬の効果なんだとさ。これでこの病室の全員が消えたわけだな。」  そういった後、ツヨシが素っ裸でベッドに座っているのが見えた。      
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