悪運の令嬢と死にかけ王子の結婚

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4  事件の全貌が判明したのはそれから二ヶ月も経った時だった。  セリルとアルが仲良く自室で昼食を取っているとき、彼は銀器を置いて事件について話しだした。セリルは肉を切る手を止めた。 「セリルにも言っておかなければならないな」 「ええ。知る権利はあると思う」 「事件は――死んだウイーム公爵が首謀し、ロクオールの協力を得て実行された。王妃エレーはその事件計画を薄々気づいていたが、見て見ぬふりをした。それは王が新しい愛人を得たので、自分は捨てられるのではと危惧したからだった。とはいえ、積極的には関与はしてはいなかった」 「それじゃ、王妃は無罪ってこと?」  意外な結果にセリルは瞠目する。 「完全な無罪にはならないだろう……実際に兄上は亡くなっているんだ」  セリルの問いにアルは厳しく答える。 「処罰は? 処罰は決まったの?」 「ウイーム公爵家の爵位と領地はは没収。ロクオールは生涯、幽閉となるだろう……母上いや、王妃エレーは廃されて離宮で軟禁となる」 「…………」  ロクオールはまだ十九歳だ。庇ってやりたいと思う反面。セリルの背を蹴って殺そうとしたのはロクオールだった。庇う理由をセリルは自分の中から見つけることができなかった。 「兄上の殺害も自供した。思った通り、絵の具に『悪魔の接吻』が含まれていた」 「あの画材屋が関わっていたのね?」 「店主は知らなかったようだが、息子がギャンブルで金に困って言いなりになったようだ」 「そう……」 「兄上はそうとも知らずにその白い絵の具を使い、毒に犯されていたんだ。公の場に行くときはいつも具合が悪くなったと医者の息子が言っていたのを覚えているか」 「あ、うん」 「それは外出の公務があるときは、早く終われば午後や夜に絵を描く時間を持てたからだ」 「なるほど……」  セリルは合点する。 「王妃の元護衛を使って馬車を襲わせたのも第三王子だったのね……」 「ああ……。ただ、王妃は息子を庇うため自分が疑われることをよしとしていたんだ」  胸が痛い。  セリルは王族という優雅な世界がこんな欲と陰謀に染まっているとは思わなかった。皆が明るく手を振って敬われて仲良く完璧で民の模範となる家庭を築いて暮らしているとばかり考えていた。 「だから、もう心配ない。そんな悲しい顔をしないでくれ」 「アル……」   それでセリルは自分がずいぶんとこの頃、弱気でいることに気づいた。アルの後頭部投打、馬車の事故、王太子の殺人、階段での暴挙――はっとセリルは思い出す。 「そうだ! なぜ階段であんなことがあったの? なぜ、ターゲットはあなたや王太子で、王ではなかったの?」 「父上を兄上や俺たちより先に殺せば、ロクオールの順番は回ってこない。当然、父上は生かしておいて、最後に殺す予定だった」 「なるほど」  セリルは頷きながらワインを飲んだ。 「階段から突き飛ばしたのは、絵の具のことがバレたからだ。画材屋がウイーム公爵と繋がっていたことを自供するのは目に見えていた。捕らえられたのを知って手っ取り早く、俺らを殺すことにしたってわけだ。事故に見せかければ問題はない」 「許せない!」  セリルは拳を握る。 「まんまとわたしたちを片付けたら、事実を知っている陛下も『病死』にでもさせる予定だった。そうでしょう?」 「そういうことだ」  事件を理解すると、狡猾な第三王子とウイーム公爵に腹が立った。 「やっぱりウイーム公爵が第三王子の父親なの?」 「そうらしい……その点は王妃の侍女が自供した」 「…………」  前王妃から地位を奪いながら、同時に王を裏切りその親友の男性との子を作る。そんなことは許されるのだろうか。 「俺は――」  アルが、テーブルから立つとセリルの前に跪き、彼女の手をぎゅっと握りしめて言った。 「こんな諍いはもう二度とゴメンだ」 「ええ」 「だから約束する。セリルだけを愛するって」 「アル――」  唇と唇が重なりかける。アルは目を瞑り、うっとりとした視線でそのまつげをセリルは見つめてから目を閉じた。二人の距離は縮まって、どんどんキスすることが当然だと思うようになっている。愛しいとはこういう感覚なのだろう。しかし――。 「大変です、殿下!」  ノックもなしに扉が大きく開いた。リンズ卿だ。二人が今にもキスをしようとしていたところに遭遇して慌てて戸を閉める。そして何事もなかったようにノックの音がした。  アルが吐息を「入れ」と許可しながら立ち上がると、「失礼しました」と詫びてから、焦りの色を見せたリンズ卿が報告した。 「枢機卿ほか、貴族達が集まっております」 「なぜ? ロクオールたちの処罰は決まったはずだ」 「いえ……それが……」  言いにくそうにセリルを見る。セリルは言った。 「わたしに気をつかう必要はないですわ、リンズ卿」  彼は少し言い淀むが、覚悟を決めたのか顔を上げた。 「貴族たちが言うには、次の王太子はアルフレードさまに決まります。ならば結婚相手は男爵令嬢より、身分の高いエリア伯爵令嬢がふさわしいのではと……」  アルは鼻で笑った。セリルが言う。 「俺たちの結婚が無効だとまだ言っているのね」  「はい。お二人が白い結婚のままであるならば、今のうちに無効を主張すべきだと言っているのです。それならば、セリル嬢の名に傷をつけないと――」 「馬鹿馬鹿しい」  アルがいらいらとした。 「俺たちは結婚している。こんな騒ぎでいろいろ立て込んでいただけだ」  リンズ卿は汗を垂らしながら頷いた。アルは続ける。 「なのに、結婚を無効にせよだと、馬鹿も休み休みいえ。それにエリアは王妃顔負けの男たらしだ。そんな女と身分が釣り合うというだけで結婚する気はない。また問題が起きるだけだということをなぜ皆わからないんだ」  リンズ卿は助けを求めるようにセリルを見る。 「セリル嬢のお考えをお聞かせください。王家で暮らすのは簡単なことではありません」  暗にお前には務まらないから辞退しろということだ。セリルは背筋を正した。 「わたし、晴れ女ですの」 「は? はい」 「わたしが行くところすべて晴れるんです」 「は、はい」  意味がわからずリンズ卿は頷くばかりだ。  セリルはにこりとする。 「アルの前途もだから晴れると思うんです」 「…………」  セリルはアルの方を見た。 「アル、跪いて」 「あ? ああ?」  アルも首を傾げるが、セリルは彼を無理やり自分の前に膝をつかせる。 「誓って」 「…………」 「永遠の愛をここで。リンズ卿の前で」 「セリル」 「出会いは運命だったけれど、これからの人生はわたしたちで選びましょう」  アルの顔がぱっと晴れた。そして彼女の手に接吻をし、崇高な女神を見るようにセリルを見上げた。 「セリル、結婚してくれるか」  セリルはにこりとする。 「ええ。もちろん!」  まったくの突然に理由もなしに証人にさせられてしまったリンズ卿はあんぐりと口を開けたままだったが、セリルは構わなかった。元来、気ままで自由に生きてきた。人にどうこうされる人生などご免だ。 「では、アル、行きましょう」 「行く? どこへ?」 「もちろん、わたしの名誉を傷つけに行くんです」 「は?」 「それなら誰も文句は言わないでしょ?」  素っ頓狂な声を出したアルは、その意味を理解すると、顔を紅潮させた。女からそんな申し出を色気もなく直球に言われたことなどないのだろう。でもいい。セリルには、そんな言い方でしか、アルの愛に応える方法を知らないのだから。 「アル?」  手を差し出すと、アルが取り立ち上がった。リンズ卿はあたふたとしたかと思うと、急いで一礼しただけで来た時よりも素早く部屋を出ていった。  セリルはそれに苦笑し、アルは噴き出していたけれど、互いの顔を見ればはにかむ。 「いいのか、セリル・アリード」 「もちろん」 「生涯愛すると誓うよ」 「私も。決してあなた以外の人を誰も見ない。一生、愛するわ」  恋と欲望のせいでこの王家は乱れた。ならば、二人がしっかりと愛を育めば、二度とそんな惨事は起きないだろう。愛にはそれだけの力がある。 「そういえば、頭を階段で打ってから、君と離れていても平気になった」 「じゃ、手を離す?」 「いや」  アルがふありとセリルを横抱きにした。そして寝室へと続くドアを足で蹴り開けると同じように閉めた。 「ここで出会ったんだっけ?」 「そう、ここで……」 「王子さまにもう一度、キスをしていい?」 「ああ。君といると生きいるのが楽しくなるから」  二人はベッドの柔らかさに身を沈めた。 了
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