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「みなさん、ロシアの侵略を許せますか?かつての日本と同じことをしているんです。私が当選したら先ずウクライナに行き、現地の声を拾います。そして私達に出来ることをしてあげようじゃありませんか。年金どうです、国民年金で暮らしていけますか?とても無理です。頑張って生きて来たお年寄りが働けなくなってから、生活出来ない金をもらって、どうしろというのでしょうか。月に5万で生活出来るなら、自分でやってみろと言ってやりたい」
桜庭健司26歳、三年前にこの村にふらっとやって来て居ついた。大家から勝手に使っていいと言われた廃屋を借りて住めるように修理した。仕事はしていない。自給自足である。猟師の勢子をして肉を報酬としてもらう。百姓を手伝い野菜を分けてもらう。魚が食いたければ川で釣をする。庭に煙草の葉を栽培し自家製の煙草を作っている。酒もどぶろくを仕込んで飲んでいる。なにひとつ生活に不自由はない。そして誰にも押されずに立候補した。
「お前さん、ウクライナはいいけど票が集まらなけりゃ供託金を支払わなければならないぞ。それにこんな村でウクライナの話をしたって誰も聞いちゃくれないだろう。村議会だぞ村議会、他の二人みたいに村に道を作るとか、年寄りのバスを整備するとか、そういうことを言わなきゃ誰も聞きゃあしない」
村人の一人がビール箱の上で訴える桜庭の真ん前で言った。聴衆はこの男一人しかいない。男は猟師で今年42歳になる。女に縁はなくずっと独り者を通している。名を蓮田と言う。
「この村ほど豊かな村はありません。私はここにきて三年ですが強く実感しています。この村のすばらしさを世界に発信してお客さんを呼ぼうじゃありませんか。あなたの一票が地球を救う」
桜庭は両手を広げて神様のように蓮田を向かい入れようとしている。
「駄目だこりゃ」
蓮田はビール箱の前でターンして軽自動車に戻った。
「すいませ~ん、役場まで乗せて行ってくれませんか」
「お前さんを乗せてるのを見られるとあんまりうまくないんだよなあ」
「少し手前で降りますからお願いします。佐々木さんちの犬が放し飼いでずっと追いかけて来るんですよ」
蓮田は仕方なく顎を振った。
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