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それからというもの、僕は毎朝彼女と顔を合わせるようになった。
入学以来いつも同じ時間帯に家を出ていたはずなのに、気づけば彼女は毎日僕の前に現れた。
単に今まで意識してなかっただけなのか。
はたまた彼女が家を出る時間が変わったのか。
いずれにせよ、僕は毎朝彼女とすれ違い、毎朝彼女の匂いを嗅いだ。
それが僕にとってはたまらなく幸せな時間だった。
きっとすれ違い様に匂いを嗅いでるなんてバレたらとんでもないことになるだろう。
下手したら生きていけないかもしれない。
けれども僕にはやめられなかった。
すれ違った際に彼女の匂いを嗅ぐ、たったそれだけのことが黒色の高校生活を送っていた僕にとってバラ色になったのだ。
そうこうするうちに、季節は夏を迎えた。
※
じりじりと蒸し暑い七月の上旬。
今年の夏は例年より暑くなると、どこかのアナウンサーが言っていた。
確かに暑い。
7月に入ったばかりだと言うのに、歩くだけで汗が出る。
きっと本格的な夏が始まればもっと暑くなるだろう。
うだうだとそんなことを思っていると目の前から例の彼女が歩いてきた。
いつものように両手に鞄を持ってしずしずと歩いてくる。
どんなに暑くても涼しそうな顔で歩く姿は本当に同じ人間だろうかと思えてくる。
今日も輝いて見えた。
けれども今朝の彼女は違った。
すれ違い様にふんわりとシャンプーの匂いがしたのだ。
「あれ?」と思った。
いつもは彼女特有のフェロモンの香りが漂ってくるのに、今日はなぜかシャンプーの匂いがする。
それもとても香りの強いシャンプーだ。
不思議に思ったけれど、足を止めて残香り香を嗅ぐわけにはいかない。
僕はそのまま通りすぎた。
きっと、このうだるような夏の暑さのせいだろう。
寝ていて汗をかきまくったから、朝シャンに切り替えたのだ。
いつもの彼女特有の匂いが嗅げないのは残念だったけれど、これはこれでクセになりそうな香りだった。
それから何日も何日も彼女はシャンプーの匂いを振り撒いて僕とすれ違った。
何のシャンプーだろう? と近くのドラッグストアでパッケージを嗅いで探しまわったこともある。
けれども、当然パッケージから中のシャンプーの匂いなんてするわけもなく、銘柄や謳い文句から「これかな?」と想像するしかなかった。
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