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彼女の名前は神楽坂優花と言った。
僕と同じ高校1年生だそうだ。
驚くべきことに、彼女はこの性癖で(というと語弊があるが)学年の中でもトップクラスの成績で、学級委員長まで務めてるという。
生徒会長補佐という役職まで与えられているらしい。
そんな彼女も僕と同じで毎日の学校生活に嫌気をさしていたのだそうだ。
来る日も来る日もマナー講座や身だしなみチェック、お嬢様らしい生活を余儀なくされ、うっぷんが溜まっていたのだと。
そこへまわりには絶対いなさそうなタイプの僕が現れ興味を持ったのだという。
その表現がちょっと引っかかったけれど、おかげで学校生活が一気に変わったらしい。
毎朝、僕の臭いを嗅ぐと元気が出るというのだ。
信じられないような話だけど、今ではまわりがドン引きするほど顔を密着させて体臭を嗅いでいる。
学校の中では誰もが認めるほどのとびきりの才女なのに、僕の前では一気にド変態になるのだから人間とはわからないものだ。
今も、胸元に鼻を当ててくんくんしている。
「ね、ねえ、神楽坂さん」
「なに?」
僕の声掛けに、彼女は顔を離そうとせず返事だけした。
「あの……今度こっちのお祭りで花火大会があるんだけど。一緒にどうかな?」
正直、怖かった。
今でこそお互い身体を密着させて体臭を嗅ぎ合う仲ではあるけれど、恋人かと言われるとそうでもない。
連絡先は交換しあってるし、やってることはノーマルなカップル以上のことなんだけど、決定的な「好きです、付き合ってください」的な通過儀礼は行っていないのだ。
お互いにお互いを求めつつも、その辺はかなりグレーゾーンだった。
僕の花火大会への誘いは、まさにその微妙な関係から一歩進もうと思っての発言だった。
彼女は一瞬「んー」と迷ったものの、「うん、いいよ」と了承してくれた。
心からガッツポーズを決めた瞬間だった。
「じゃあ、浴衣用意しなきゃだね」
「いや、いいよ。そんなに気合入れてこなくても。ラフな格好でいいから」
正直見たいと思ったけれど、僕の勝手なお誘いで彼女に負担はかけたくなかった。
けれども彼女はクスクスと笑いながら
「もう、女心がわかってないなあ、森下くんは」
と僕の胸元に顔をうずめながら言った。
この状態でそんなこと言われても……。
「花火大会はいつ?」
「あさって」
「あさって!? ずいぶん急なお誘いだね」
「ごめん、誘うに誘えなくて……」
「ふふふ、もう。遠慮なんてしなくていいのに」
その言葉がたまらなく嬉しかった。
「じゃあ、あさってここで会いましょ」
「うん」
僕は時間だけ告げて彼女と別れた。
神楽坂さんは浴衣で来るのか……。じゃあ僕も浴衣で行こう。
神楽坂さんの浴衣姿を想像し、一人ニヤける僕がいた。
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