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花火大会当日。
いつも登校時にすれ違うあの場所で待っていると、カランコロンと下駄の音を響かせながら彼女がやってきた。
「お待たせ」
僕は言葉を失った。
水色の可愛らしい浴衣に大きくアップした髪型。ほんのりと赤みがかった唇。
いつもの神楽坂さんとはまったく違う、まさに“浴衣美女”がそこにいた。
「はうう、森下くんの浴衣姿……、なんか新鮮」
「か、神楽坂さんの浴衣姿も、き、綺麗だよ」
いまだかつてこれほど緊張したことはあるだろうか。
いつも可愛いとは思っていたけれど、ここまで美人だとは思わなかった。
僕らは抱き合うと、いつものようにお互いの体臭を嗅ぎ合った。
浴衣だからだろうか、今日は一段と香りが強い。
濃厚で甘い蜜のような匂いがする。
僕も僕で、肌着も身に着けていない浴衣姿だったから臭いは相当なものだろう。
案の定、彼女は「はうぅ……すごすぎ」と言いながらいつまでも僕の体臭を嗅いでいた。
自分が変態なのは自覚しているけれど、彼女はそれ以上だ。
ハアハア言いながら幸せそうな顔を僕に見せている。
「なんてステキなの、あなたの体臭……。ああ、もう素晴らしいわ。あなたは体臭のチャンピオンね。いいえ、神様よ。体臭の神様」
……ちょっと何言ってるかわからない。
体臭の神様って。
ことここに至って、僕らは周囲から異様な目で見られていることに気が付いた。
そうだ、今日はいつもと違って花火大会当日だ。
当然、多くの人たちが行き交っている。
普段、人通りも少ない道だけど、今日ばかりはたくさんの人たちが僕らの横を通りぬけている。
その誰もが「なんだこいつら」と引いた目をしていた。
さすがにヤバいと思った。
「あ、あの神楽坂さん」
「ん? なあに?」
「ち、ちょっと離れようか……」
「んん……もうちょっと……」
言いながらくんかくんかと鼻を鳴らしている。
誰ですか、こんな美少女に変な性癖を植え付けたの。お礼言いたいわ。
「いや、ていうか、まわり見て」
僕の言葉に彼女は状況を察したのか慌てて離れた。
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