第一章 邂逅と惜別

2/36
15人が本棚に入れています
本棚に追加
/79ページ
「……今すぐ出ていけ」  噂通り。  水無月家の新しいご当主、恵那(えな)さまの笑った顔なんて、誰も見たことがないらしいですね。  これも噂通りの、思わず目を見張るような美貌なのに笑顔どころかほぼ感情を出さない無表情さと、華族界でも最上の公爵位にある名門だからか、氷のプリンス、なんて呼ばれているのも納得してしまいます。  先代が突然亡くなったので、まだ二十代半ばにもならない若き公爵。  プリンスね、確かにお城みたいな超豪邸です。  この大広間だって、まるでベルサイユ宮殿の鏡の間みたい。もちろん行ったことないですけど。  舞踏会でも開くような、実際開いてるのかもですけど、端から端まで全力疾走したら息切れしてしばらく動けなくなりそうな広さで、これも宮殿みたいに左右対称に整えられた、薔薇咲き誇る広大なお庭に面した窓は、大きなシャンデリアがいくつも輝く天井のすぐ下から足元まで金縁の硝子張りで、その向かいの壁は全面鏡に覆われています。充分過ぎる程広いのに、さらに広く見えるんですよね。  よほど警戒されてるのかな、その鏡も綺麗なお庭もほぼ見えないくらいに大勢の、多分執事さんとかそういう役回りの人達に囲まれて、なんだか王様の謁見の間っていう感じの臙脂の大きな椅子に腰掛ける公爵から少し後ろにはきっとご家族でしょうか、同じくらいの年恰好で失礼ですけど真逆に近い印象の優し気な男のひとと、華奢な美少女を絵に描いたような女の子が立っています。 「私にとって、この世で最も憎い者。それが魔術師だ」  透き通るみたいに白い肌、夜の闇みたいに黒い髪、自宅内なのに何故かバリバリ勤務中ですというような西洋式の、上下真っ白に金のボタンと胸元の勲章が光る軍服が、スラリとした体躯によくお似合いです。  抑揚のない低音でこんなセリフを言われてるんじゃなければ、ずっと見惚れてしまうかも。  人形みたいに眉間すら動かないのに、とってもハッキリ言うんですね。  でも良かったです。想いを口に出してくれるなら、ちゃんと会話ができるもん。  なら、ぼくだって、ハッキリ言わせてもらいます。
/79ページ

最初のコメントを投稿しよう!