#03 夜空を舞う蝶

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 施術を終えたヨウさんがスタジオから上がってきたのは、ちょうどその時だった。今日の依頼主は屈強な男性で「じゃ、また頼む」と言って店をあとにした。 「蝶子、帰ってたのか」 「ついさっきね〜」  わたしにしたのと同じように、手をひらつかせると、ヨウさんは煙草を一本取り出して火をつけた。 「ねぇ、ヨウ。久しぶりにワタシに彫ってよ」 「は? 何急に」  同じように煙草を咥えると、ヨウさんに顔を近づけるものだから、咄嗟に顔を背けてしまった。  ふわりとバニラのような甘い香りが漂い、そっと視線を戻すと、いつの間にか蝶子さんの煙草に火が灯っていた。 「アカリちゃんが彫ってるところ見たいってさ」 「……まだ言ってんの」  呆れたような表情でこちらを見つめるヨウさんに、蝶子さんは「いいじゃない。見せてあげれば」とクスクスと笑う。 「他のお客はアレだけど、アタシなら」 「いいんですか!?」  思いもよらない言葉に思わず目を輝かせていると、ヨウさんは「また勝手なことを……」とため息をつく。 「オーナー命令ってことで」  にこっと微笑んでそう告げると、ヨウさんは「……一度だけだからな」と、灰皿に火を落とした。
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