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3.誘いの調べ
7月21日
翌朝、夏休み初日の今日、俺は館に向かうと決めた。心霊写真を撮るなら少し古いカメラの方がいいのだろうか。まぁ、期待されているのはそれっぽい写真だし、スマホのカメラでも大丈夫だろう。
「行ってきます」
「…」
今日も家族は家にいるけど、やっぱり、聞こえていないようだ。
「暑っ」
また今日も昨日より暑くなっている。山までは少し遠いし、飲み物買わないとな。
町が見えてきた。人の気がなくて、不気味だ。何人かはまだ住んでいるらしいが。本当にこんなところで生きている人がいるのだろうか。
「っ……!」
橋を渡ろうとしたとき、少し揺れた。木造の安っぽい橋で、だいぶ老朽化しているようだ。まだ崩れるほどではないが、使えなくなるのもそう遠くなさそうだ。今日確実に渡せる写真を撮らないと。
「おぉおぉ、若いのとはめずらしい」
急に現れた老人が話しかけてきた。かなり痩せこけていて、頬骨が浮き上がり骸骨のようだ。杖すらもボロくなっていて、いつ折れてもおかしくない。
「なぁ兄ちゃん、何の用だ?」
「あ、えっと、あの山の館に幽霊が出ると聞いて、心霊写真を撮りに」
「館?はて、聞いたことがないが」
「え?あの灰色の館です。ほらあそこ、あそこだけ緑じゃなくて…」
「まぁ、老人の目には見えないものもあるのさ。山の中は道がないからのう。迷わないようにせぇや」
「あ、ありがとうございます」
見た目は少し怖かったが、優しい爺さんだったみたいだ。
山も館もどんどん大きくなって見える。学校にいたときはそんなに遠くないと思っていたが、そこそこ本格的な登山になりそうだ。
「はぁ、はぁ…」
館はもうそろそろだろうか、時計を見ると、山に入ってから一時間は経っている。
「一体どこに………」
「ららら〜ら〜たらら〜」
左の方から歌声が聞こえてきた。誰か人がいるのだろうか。
「すみません!道に迷ってしまって!」
歌声が止まった。もうこれ以上進んでも余計迷うだけだよな。一旦休憩して、今日は引き返そう。
「え……!」
木の幹に体を寄せたとき、突然目の前に赤い館が現れた。さっきまで探していた灰色の館とは違い、鮮やかな色をしていて、とても、綺麗だ。俺は扉を優しくノックした。
「だれか…いますか?」
返事はない。取っ手に手をかける。鍵は開いているようだ。
「……!」
音を立てず、扉は俺の手を引っ張るように開き出した。
「お邪魔、します…」
館の中は照明がついていなくて、外からの光でしか中を確認できない。
何か視線を感じた。俺は歓迎されてはないらしい。ただ、冷たさの中にどこか、優しさを感じられる視線だった。
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