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4.まやかしマリオネット
しばらくすると、タイヤの付いた大きなダンボール箱に座って、赤い服を着た女の子の人形がやってきた。さっきの視線の正体はこの人形だったのだろうか。その箱は俺の一メートルほど前でピタリと止まった。
「あなたの名前は?」
「え…?人形が…喋った?」
「私は名前を聞いているのだけど」
きっと暑さと疲れにやられて幻覚を見ているのだろう。確かさっき買っておいたペットボトルがたしか…
「答えて、あなたの名前は?」
飲んだ水で喉が潤う。これは幻覚ではなさそうだ。
「お、俺は、幽谷、志燃」
「……シネン。どんな漢字を書くの?」
「志を燃やすって書いて、志燃…」
「そう……志燃は私達とそんなに違わないのかもしれない」
気づけばそこにいる喋る人形に違和感を持たなくなってきた。どこか他人ではないような、そんな存在に思う。
「なぁ、小僧、踊らないか?」
箱の蓋が揺れている。あの中で誰かが話しかけているのか。けれど人一人入れる大きさがあるようには見えない。
「マイト!私が乗ってるときは喋らないでって言ってるでしょ」
「タエ嬢、こいつは踊りたがっている」
「それは分かっているわ、よ!」
人形が箱から飛び降りた。その途端、蓋が形を変えて、手足の生えたお化けの姿になった。そのお化けは湯船に浸かるような体勢で箱にすっぽりと収まった。
「志燃、見苦しいところを見せて悪いわね。この箱に入ってる子はマイト。舞う人って書いて、舞人」
「どうぞよろしく」
「よろ…しく?」
「私はタエ。多くの笑顔って書いて、多笑。多笑嬢って呼んでもらえるかしら」
「実際目つきが悪いから笑うと魔女のようだがね」
「舞人、余計なことを言わないで」
「へいへい」
「ねぇ志燃、あなたは踊ったことがある?」
「運動会でちょっとだけ、でも全然覚えられないし、うまく踊れなくて…」
「じゃあ大丈夫だ」
「今から舞人があなたに踊り方を教えてくれるわ。身を任せてね」
「小僧、僕の手に触れな」
触れてもいいのだろうか、だけど、なんと言えばいいのだろう。今まで感じたことのなかった、好奇心…が湧いてきた。右手を舞人の方へ差し出した。
「行くぞ!」
指先に少し違和感が起こった。
「うわぁっ!」
人差し指が引っ張られる。肘が伸びて、肩が上がる。
「どんどん行くぞ」
左のつま先が持ち上げられる。その間にも体中に糸が付いた感覚が増えていく。左の肘が引っ張られる。右膝が引っ張り上げられて、ついに俺の体は宙に浮いた。
「え!?俺、浮いて?」
「志燃、ここからが本番よ」
「……!」
体が、勝手に動かされる。踊らされる。揺れる。でも不自由ではない。動きたい、動きたかった方向へ導かれるように、引っ張られる。リズムを刻む。一定のテンポで。かと思えば焦らされる。また一方で急かされる。縛られて、強いられて、それなのに、すごい自由だ。
「……楽…しい……!」
「ふふ、よかった。それじゃあ私も」
人形の体が大きくなって人間のようになった。見た目にはあどけなさが残っているのに、振る舞いは大人びていて優雅だ。
「舞人、頼んだわよ」
「おうよ」
「二人で踊るともっと楽しいのよ!」
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