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5.マージナル
7月?日
もう何日踊り続けているのだろう。乾きも飢えも眠気も全ての欲求が、踊りたいという欲求にかき消されて、楽しい。今までのどんな経験よりもワクワクして、次へ次へと体が動いていく。
「一旦終わりにしましょうか」
「そうだな」
「志燃!止まりなさい!」
「はっ…!」
目が覚めたような感覚がした。でも腕や脚は踊りたいのか蠢いている。
「志燃、気づいていたかしら?」
「え?何に?」
「最初にあなたが動き出したとき、もう糸は切れていたの」
「じゃあ俺はずっと、自分の意志で…?」
「そう。舞人はきっかけに与えたに過ぎないわ。やはり、あなたも私達と同じなのね」
「同じって?」
そもそも、動く人形にお化けなんて、今まで信じたことはなかった。こいつらは一体何なんだ。
「私達はね、unnamed。簡単に言うと、名付けられる前に命を失って、この世に残った存在」
「それと俺が同じって?」
「あなたの名前、志燃。その名前から親の想いが感じられなかった。実際に産みの親からは名付けられていないのよ」
「でも、俺には父さんに母さん、兄さんもいて」
「あなたは自分が産まれた日の写真を見たことがあるの?」
「……ない」
「きっとあなたの家族、幽谷家の人々はあなたが貰い子だって伝えない選択をしたのね」
「…そんな、……え?」
「小僧、シネンって言ってみろ」
「シネン…」
「舞人、そんなことさせなくても…」
もしかして、本来の親は、俺にそうやって呼びかけ続けたから…。それで今の父さんたちがなんとか漢字を当てて……?
「志燃、舞人の言ってることはあくまでも推測よ。本当のことは本人にしかわからないわ」
「……」
「でも、産みの親に名付けられていないのは本当。unnamed同士はわかってしまうの」
「でも俺は生きてて、多笑嬢たちは、その…」
「死んでる」
「……」
「志燃、自分が生きてるか怪しんだことがあるんじゃないかしら」
「……ある」
「実はね、あなたはとても特殊で、生きてる人と死んでる人の丁度中間にいるの」
「……そんな」
でも、そうか。俺が死んでれば、そりゃ存在してないんだから皆俺には気づきようがないよな。
「16歳になるとき、あなたは生きるか死ぬか選べる。どちらの選択も間違いじゃない。どちらをとっても幸せになり得るの」
「小僧が死ぬ選択をすれば、本当に僕たちと同じunnamedとして存在するだろうな」
「……」
「誕生日はいつ?」
「十月三十一日」
「ハロウィンか、そりゃ普通じゃないことが起こるものだ」
「それまでに、考えておいてほしい。逆に言えば、あなたは自分が幸せになる方法を、自分で選べるの。でもひとつだけ、このまま有耶無耶にしたままじゃ、幸せになるのはとても難しいことになるでしょう」
何を、考えればいいんだよ。
「今日はひとまず帰りなさい。しっかり考えて、踊りたくなったらまたおいで」
「待って……!」
気づけば橋の前にいた。橋を渡ればまた俺が住んでいる住宅街だ。一度…帰ろう。
最初に来たときよりも、橋は崩れそうになっていた。
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