「崩れた歯車」

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「崩れた歯車」

2014年 想司(そうし)の家庭は子供にも恵まれ、奥さんも頑張り屋で美人。 更にこの時、想司は職場で店長を任され、忙しい中でもちゃんと子供との時間を大切にし、家事育児も積極的に協力する旦那。 僕から見てもとても幸せでお似合いの家族に見えた。 想司からもいつも惚気(のろけ)の話や、子供の可愛さ、どこにでもいるバカ旦那の会話を良く聞いていた。 僕はそんな想司が幸せそうに話すのが好きで、想司が楽しい時は僕も楽しかったからだ。 しかし、その2年後の2016年の事。 幸せと思えた期間はほんの2年程度だった。 息子が2歳になった頃、突如として想司の奥さんの育児放棄が始まった。 この時は僕も良く覚えている。 想司の奥さんは急に仕事を辞め、更にはもう「もう何もしたくない」と言うようになった。 想司は店長としての仕事もある中、なんとか家庭を支えようと毎日息子の朝食から夕食、更にはお弁当まで欠かさず作り、保育園への手続きも全てやり、それと同時に奥さんへの改心を試みていた。 しかし。 奥さんは仕事も探そうとはせず、ずっと家にいる始末。息子にもどこか冷たい態度をずっと取り続ける。 最低限の息子が死なない程度には面倒を見てくれていた様子なので保育園以外は想司も仕方なく任せていた。 僕は想司からは良く相談を受け、インターネットで色々と一緒に調べたり、助言をしたり、力を貸した事を思い出す。 想司はこの半年間もの間、ずっと奥さんに優しく接して問いかけたり、または感情的に怒って心に響いてくれるように振舞ったり、想司は毎日できる限りのことをしていた。 想司がどれだけ頑張っていたか、どれだけ大変だったか、どれだけ優しさで溢れていたか、それは見てて尊敬に値した。 しかし、想司の思いも努力も全てが虚しく裏切られる日々は始まってしまった。 ある日、想司が仕事から帰ると最大限におめかしをした奥さんが家で待っていた。 「私、出かけてくるから。あとよろしくね」 そう言って奥さんは出かけていく。 想司からすれば子供の面倒を見るのは容易だった。 ここ数年、想司はずっと迎えに行くこと以外全て出来るようになっていたからだ。 僕は奥さんはもう明らかな浮気をしているとそう思った。 しかし、想司は僕に言う。 「きっと友達と目一杯遊びたいんだよ。ずっと子育てで遊べてなかったから」 僕はそれを聞いて奥さんは絶対浮気してるとは言えなかった。 想司は奥さんを信じたかったのだろう。 いや、もしかしたら日々の疲労と精神の崩壊を恐れ、その現実と向き合う事から逃げていただけなのか。 どちらにしろ僕から想司に言う事は出来なかった。 今、想司が壊れれば息子が1番の被害者になってしまうそう思っていた。 想司はきっとこの時は数日すればまたちゃんと母親をやってくれるだろうと思っていた。 しかし。 奥さんは毎日のように夜に出かけ、朝方も姿はなく、いつ帰ってきているかも分からない日々は毎日続いた。 最低限の母親としての保育園のお迎だけをして想司に子供を預けては出かける日々。 「想司? 最近大丈夫か?」 心配になった僕は想司にそう尋ねる。 「うん……ま、まだ大丈夫」 この時、想司の心は父親としてのプライドが精神を繋ぎ止めているようにも見えた。 しかし、状況は良くならず、奥さんの周りには綺麗な洋服が増え、バッグが増え、靴が増え働いてもないのにどんどんと増えていく。 「働いてないのにお金よくあるね……」 もう想司も優しくなど聞けなくなっていた。 「アプリで稼いでる」 奥さんはそう返してきた。 たまに家に居る深夜帯で多数の男と話してる声は聞こえていたらしく、その中でたまにイメージプレイのようなものをしてるようにも聞こえたそうだ。 しかし、それだけならまだ良かったのかもしれない。 想司が気づいた時にはもう遅かった。 「智理……」 「どうした想司?」 「やられた……」 そこで見たのは銀行の通帳だった。 想司の稼ぎは高くない、切り崩して子供の為に貯めていた貯金が気づけば空になっていた。 下ろされた時間は全て深夜帯で、手数料が取られることが嫌な想司は断固としてするはずがない。 急に増えた数々のブランド品のお金は想司の口座から出てたものだったと確信する。 そして、想司ももう我慢の限界が来た。 「ふざけんなよ!! 子供の為に貯めてた金で何やってんだよ!!」 さすがの想司も怒鳴り声をあげた。 しかし。 「はぁ? 私じゃないから」 「お前以外に誰がいるんだよ!ふざけんな!」 「だから!私じゃないって言ってるでしょ!? もう話しかけないで」 会話が成立さえせず、人間と話しているのかと疑う程に想司は呆気に取られた。 すぐにキャッシュカード、クレジットカード、現金を金庫へといれ、鍵は首に常に下げるようになった。 しかし、無くなったお金は戻らない。 クレジットカードでキャッシュし、お金を借り、なんとかやりくりをする毎日が始まった。 そんな日々を繰り返し、想司はそれでも頑張って息子と向き合う日々が1年続き、想司は毎晩のように息子の手を握り締め涙を流した。 奥さんとの交際期間は好きという感情は確かにあった。 当時は愛さえ感じていた。 だから、信じてた。 信じていたかった。 いや、想司は信じてないと壊れてしまいそうだったのかもしれない。 しかし、太宰治の作品、「人間失格」にこんな言葉を思い出す。 「信頼は罪なりや?」 しかし、想司の絶望はまだ始まったばかりだった。
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