こんな日は、猫でも繕いながら

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 月がひび割れた、という朝ニュースのせいで、平穏でちっぽけだった僕の十五年間の生涯は、突然底知れない不安の渦へと陥れられてしまった。  通学電車で目にした〝人類滅亡の危機!我々の生存は許されないのか〟という見出しの自称ライターが書き下ろしたコラムや、駅前で〝強欲な人間に対する神の天罰だ〟と叫ぶ、白い服を着た人々が掲げるプラカード。それに加え、明日って休校らしいよどこか行こー、と平気で遊ぶ約束を交わすクラスメイト達にどっと疲れて、気が付けば、あっという間に放課後を迎えていた。 「こんな時でも、普通に家に帰るべきなんだよな……」  混乱した頭を抱えたまま、誰も居ない下駄箱で呟いて、僕は少し黄ばんだ運動靴をいつもより少し乱暴に放った。  今朝、家を出る時に解けそうだと分かっていながら、直す余裕がなかった右の靴紐が今頃になってダラリと解ける。  靴紐を引きずって真っ黒にしたら、母さんは怒るだろうか。  嫌な顔をする母さんを思い浮かべても、わざわざ結び直す気にはなれず、僕はそのまま靴を履こうとした。  ウワーオン、ギィニヤァァァァ。 「……え?」  本当にこの世の終わりみたいな声がしたから、僕はいつも踏んで歩かないように気を付けていた靴の踵を思いっきり踏み付けて脱ぎ、ついでに握りしめていた今日中に提出するはずだった進路調査書を、砂まみれのタイルの上へ放った。  線路を駆け抜けて行く特急列車か。それとも、押し潰すと奇声を挙げる黄色いニワトリの玩具か。  その声の正体を想像しながら、下校のチャイムが鳴り出した廊下を恐る恐る歩いている内に、僕は自然と理科実験室に辿り着いていた。  どうして人は、得体の知れない恐怖にこんなにも惹かれてしまうだろうか。  そう考えながら、僕は声を掛けた。
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