こんな日は、猫でも繕いながら

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「ねぇ、亜厂さんこれって何?猫の瞼の所、なんだか変だ」  亜厂さんの返事を待たずに、僕は猫に顔を近づける。  閉じられた黒猫の瞼に刻まれていたのは、ただの不恰好で痛々しい傷跡ではなく、美しい一筋の黄金だった。 「私が金繕(きんつくろ)いをしたの。金繕いって聞いた事ない?」  何か教えて、と僕は猫を見るのをやめて、亜厂さんに向き合った。 「漆でね、お茶碗とかそういう陶器の割れたところをくっ付けるの。そうしたら繋げたところが綺麗な黄金の模様になって、欠けていても捨てることなんて出来ないくらい美しい物になるの」 「そうなんだ。でも、どうして猫を繕ったの?」  ふっと、息を吐いて目を伏せた亜厂さんが猫の額をこちょこちょとする。 「この猫ね、兄弟達を守るために自分よりも大きくて強い猫と一人で喧嘩したの。それで負けて、すごくかっこ悪い怪我をしたんだけど。でも、負けてかっこ悪いだけじゃ悲しいと思ったから」  そうだね、と僕が言うと、猫はこちらにゆったりとまばたきをした。  その黄色い瞳と、亜厂さんが金繕いした黄金の模様を改めて見ているうちに、僕はハッとひらめいた。 「ねぇ、亜厂さん。月は金繕い出来ないの?」 「私が、あの月を?」 「そうだよ!月がひび割れたってニュース観たでしょ?月も、この猫みたいに金繕いすれば、どうにかやっていけるかも知れないよ!」 「……そうかもね」  こんなに良い事を思いついたのに、亜厂さんは、僕よりも明らかに冷めていた。  猫は、怪訝な顔になった僕とチラリと視線を交わし、呆れたようにスタスタと何処かに行ってしまう。  そんな猫を見送っていると、満村くん、と冷静な声が僕を呼ぶ。 「確かに、私は月を金繕い出来るかも知れない。でも、そうする事が出来るって誰に伝えるの?国の偉い人?それとも研究家?誰なら、私がひび割れた月を金繕いしてどうにか出来るって信じてくれるの?」  真っ直ぐに見据えられた瞳に、僕は答えあぐねる。  亜厂さんは、とても正しい。  だから、一瞬でも浅はかな期待をしてしまった事が恥ずかしくて、僕は縮こまって耳まで真っ赤になった。  可愛い、とそんな僕を、亜厂さんはまた笑った。 「……ねぇ、私が進路相談で担任になんて言われたか教えてあげようか?」  主張性がないだって、と僕に告白をした亜厂さんは、相変わらず笑っている筈なのに、とても苦しそうだった。
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