超・妄想【おくすり】

1/4
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
目を開けたらそこは……異世界でした。 いやいや、そんな訳ないし、あり得ないし。 さっきまで俺、仕事してて。ほら、白衣。着てるし、肩には医薬品が詰まったバッグ。これは毎月小児科に届けている薬とかとか。 そう、今日もいつもの小児科に行くつもりで、荷物を持って薬局を出て……そう遠くないから徒歩で向かっていたんだ。信号を渡ろうとしたら、大きなトラックが突っ込んできて、あぁ信号無視。 遠くなる意識、感じなくなる痛み、塞がっていく視界、止まる呼吸。 でも、目を開けたらそこは、魔法技術が発展した、異世界でした。 神様はどうやら、俺をすんなり交通事故で死なせてはくれなかったようで、しかも何故かこんな牧歌的でのどかな、自然溢れる広大な草原の真ん中に、ぽとりと落っことしてくれたようだ。 しかしここは平和かというとそうでもなく、空を見上げれば赤い炎が大きな鳥の形になって飛翔し、迎え撃つ青い水流の蛇は大きな身体をうねらせ炎の鳥を締め上げる。 草原の向こうでは、不思議な色と模様の魔方陣が一層の輝きをもってして展開したかと思えば巨大な魔獣が現れ、それを黒いローブを纏った人の姿をしたものが、貧弱そうな杖を一本、文字を描くように振ると魔獣に向かって電撃が走る。 様々な色や形の光が飛び交い、耳をつんざく爆発音や獣の咆哮が響き渡り、足元が砕けんばかりの地鳴りが立て続けに起こる。 身を隠す場所もないだだっ広い草原で、這いつくばって身を伏せて繰り広げられる不可思議な光景をやり過ごしていると、やがて全ての音や光が静まり返り、静寂の時間がやってきた。緊張でガチガチになった身体を起こして辺りを見回すと、草原には傷をおった人間、たぶん人間が数人倒れていた。 深く考えずに俺は近付いていき(考えることを放棄している)、自分と同じ赤い血が流れているのを見て(同じ人間がいることに安堵し)、大事に持っていたバッグから消毒液や傷薬を取り出し、片っ端から手当てをしていった。ほぼ、反射的に。怪我をした人を放っておくわけにもいかないし、とりあえず誰かと話をして、情報を集めなければならないと思ったし。 比較的傷が浅かった黒いローブの人は俺を見て「あなたは、何者ですか?」と聞いてきた。同じ言語で話してくれたこと、言葉が通じることにホッとしながら、俺は医薬品を仕舞いながら答える。 「俺は、薬剤師です」
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!