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8
『彼と別れたよ。』
冷たいビールを半分飲んで勢いをつけてから切り出した。
『背中押してくれてありがとうね。』
遠藤くんは前を向いたまま表情変えずに『そうか。』と言った。
相変わらず会議は長く、そして終わっても雨は降っていなかった。
遠藤くんも予定は無いとのことなので、今回ハズレた私もコーヒーじゃなくご飯をご馳走することにした。
金曜日だし、飲もうか!って駅近くの居酒屋に入りカウンター席で隣に座った。
ビールをグイっと飲み干した後、こちらを向いて『大丈夫か?』と聞いてきた。
『もう大丈夫!
そりゃー、3日は泣いたけどね。
もうスッキリしてる。』
『彼はすんなり応じたのか?』
『最初は別れたくないって言われたけどね。
いずれは結婚しようと思ってたのに、とも言ってたけどね。』
『そう言われて揺れなかった?』
『遠藤くんに言われて、それよりも結婚以前の問題だったって気付いたから。
揺れなかった。』
遠藤くんは真顔で2杯目のビールのグラスを弄びながら、無言になる。
『あ!なんか《余計なこと言っちゃったかなー》とか気にしてる?
ハッキリ言ってもらって感謝してるんだよ。
一昨日からストレッチもたくさんするようにして体調もいいよ。
それで頭痛薬も飲まなくなった。
変化も起こせて化石化も回避できたよ。』
まだ何かを考えているようで無言なので、勢いで続けて言ってしまった。
『12年の付き合いだからね、たまに思い出して泣くかもしれないけど。
でも《もう31歳》だと思ってたけど《まだ31歳》って思えてきたから大丈夫。』
そこまで言うと遠藤くんが口を開いた。
『余計なこと言ったとは思ってねぇよ。』
そして、2杯目のビールを飲み干してこちらを見た。
『よし!お酒はこれで終わりだ。
明日空いてるか?出掛けようぜ。
そうだな…高尾山登りに行こう。』
『えぇ!
明日は暇だけど、いきなり山登る装備とか無いよ…。』
『高尾山だから大丈夫。
明日はゴンドラとか乗り継いで、歩くのは少しにしよう。
それで楽しかったら靴とか揃えていけばいいよ。』
気にしていないとは言ったけど、やっぱり気にしてるから誘ってくれたのかな。
あまり表情を変えないからわかりにくいけど、やっぱりいつでも優しい。
悪いなぁと思いながら、優しさが嬉しかったし、自然の中に身を置きたいと思っていたから甘えることにした。
お会計の時『わざと負けるような賭けをしたやつにはご馳走にならねぇ。』なんて言ってたけど、これは賭けだからって押さえつけて私が払った。
そして『これからは普通に誘ってこいよ。俺も誘うから。』と言って珍しく眉毛を下げて柔らかく笑い、大きな手で私の頭をポンポンとした。
金曜日の駅構内はかなり混雑していた。
『じゃあ明日8時に迎えに行くから。
良く寝とけよ。』
雑踏に負けない大きめの声でそう言って、手を振りながら反対側のホームへ降りていく。
まだ12年分の痛みは残っているけど、恐れていたほどには重くない。
これからのことはわからない。
でも、やっと変化を起こせたことが大事ね。
遠藤くんのおかげ。
私は口パクで《ありがとう》と言いながら手を振った。
明日も楽しみ。
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