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『彼と別れたよ。』 冷たいビールを半分飲んで勢いをつけてから切り出した。 『背中押してくれてありがとうね。』 遠藤くんは前を向いたまま表情変えずに『そうか。』と言った。 相変わらず会議は長く、そして終わっても雨は降っていなかった。 遠藤くんも予定は無いとのことなので、今回ハズレた私もコーヒーじゃなくご飯をご馳走することにした。 金曜日だし、飲もうか!って駅近くの居酒屋に入りカウンター席で隣に座った。 ビールをグイっと飲み干した後、こちらを向いて『大丈夫か?』と聞いてきた。 『もう大丈夫! そりゃー、3日は泣いたけどね。 もうスッキリしてる。』 『彼はすんなり応じたのか?』 『最初は別れたくないって言われたけどね。 いずれは結婚しようと思ってたのに、とも言ってたけどね。』 『そう言われて揺れなかった?』 『遠藤くんに言われて、それよりも結婚以前の問題だったって気付いたから。 揺れなかった。』 遠藤くんは真顔で2杯目のビールのグラスを弄びながら、無言になる。 『あ!なんか《余計なこと言っちゃったかなー》とか気にしてる? ハッキリ言ってもらって感謝してるんだよ。 一昨日からストレッチもたくさんするようにして体調もいいよ。 それで頭痛薬も飲まなくなった。 変化も起こせて化石化も回避できたよ。』 まだ何かを考えているようで無言なので、勢いで続けて言ってしまった。 『12年の付き合いだからね、たまに思い出して泣くかもしれないけど。 でも《もう31歳》だと思ってたけど《まだ31歳》って思えてきたから大丈夫。』 そこまで言うと遠藤くんが口を開いた。 『余計なこと言ったとは思ってねぇよ。』 そして、2杯目のビールを飲み干してこちらを見た。 『よし!お酒はこれで終わりだ。 明日空いてるか?出掛けようぜ。 そうだな…高尾山登りに行こう。』 『えぇ! 明日は暇だけど、いきなり山登る装備とか無いよ…。』 『高尾山だから大丈夫。 明日はゴンドラとか乗り継いで、歩くのは少しにしよう。 それで楽しかったら靴とか揃えていけばいいよ。』 気にしていないとは言ったけど、やっぱり気にしてるから誘ってくれたのかな。 あまり表情を変えないからわかりにくいけど、やっぱりいつでも優しい。 悪いなぁと思いながら、優しさが嬉しかったし、自然の中に身を置きたいと思っていたから甘えることにした。 お会計の時『わざと負けるような賭けをしたやつにはご馳走にならねぇ。』なんて言ってたけど、これは賭けだからって押さえつけて私が払った。 そして『これからは普通に誘ってこいよ。俺も誘うから。』と言って珍しく眉毛を下げて柔らかく笑い、大きな手で私の頭をポンポンとした。 金曜日の駅構内はかなり混雑していた。 『じゃあ明日8時に迎えに行くから。 良く寝とけよ。』 雑踏に負けない大きめの声でそう言って、手を振りながら反対側のホームへ降りていく。 まだ12年分の痛みは残っているけど、恐れていたほどには重くない。 これからのことはわからない。 でも、やっと変化を起こせたことが大事ね。 遠藤くんのおかげ。 私は口パクで《ありがとう》と言いながら手を振った。 明日も楽しみ。
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