クスノキの下の君は誰?

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 滝のように流れる汗を首からさげたタオルでぐいっと拭う。  森林で凝縮された熱気が辺りに立ちこめ、ねっとりとまとわりつく。行けども行けども温暖湿潤気候の夏である。  姿の見えない無数のセミたちが我が一人の孤独行軍を嘲笑うようにして盛大に鳴く。  森下が提示したアルバイト内容とは大きく異なる現状に、私の腹の虫はいつまで経ってもおさまることなく、むしろ騒ぎ立てる。  森下は地元奈良市に大きな店舗をいくつも構える奈良漬屋の跡取り息子である。  彼は小学生の時分から、大商店の跡取り息子であるということを大いに自負し、くわえて資本主義社会の根源的な力の源である資金力を他者よりもふんだんにもっていることを幼少のころから自覚している男であった。そのため同世代の中では、いやおうなしに目立ち、また自ら目立つこともいとわない調子のいい性格の持ち主で、誰も望んでいないにも関わらず空虚なリーダーシップを発揮し、カリスマ性と自分勝手を混同することもしばしばの勘違い野郎であった。  右手の指先まで滴る汗をタオルで拭き取り、ポケットからスマホを取り出す。もう何度確認したかも分からない森下とのトーク画面を、性懲りもなくまた開く。 『ちょっとアルバイト頼まれてくれない?  突然なんだけど、小学校の同級生で同窓会を開きたい!  んで、どんなのがいいかなって考えたんだけど、昔の校外学習のコースを皆で巡るなんてどう?  大人の校外学習みたいな!?』 『暇なやつめ』 『お前もだろ(笑)  んで、大人の足でどのくらいの時間かかるとか、道の途中にどんな店があるのか、危険な場所がないか下見してほしい』 『バイト代はいくらだ』 『1万』 『2万なら受ける』 『んじゃ1万5千』 『1万8千』 『他にも何人かに声を掛けてるから1万5千以上は無理』 『他?』 『俺はその日に行けないけど、男だけじゃなくて女からも意見が聞きたいから、まだ地元にいるやつ5人くらいに声かけてる。だから下見って言ってもプチ同窓会みたいになるんじゃない?(笑)』  ここまでのやりとりの時点で、私の心はすでにときめいていた。渇ききった私の夏を潤すオアシスが、突如として目の前に現れた感覚に襲われた。同年代の女子と触れ合うことができる。しかも同窓会というやらしさを感じない大義名分が付与されており、小遣い稼ぎというオマケつき。跳ねるほどの胸の高まりをおくびにも出さず、「自分は学業に専念し、一切の暇を排した夏休みを過ごしているのだが、旧友の願いならば嫌々ながらも叶えてやらねばなるまい」という体を保ちながら快諾した。 『忙しいがお前からの願いならばしょうがない。1万6千だ』  そのメッセージの下には、下見のルートを示した地図と集合場所、集合時間が事務的に送られてきた。
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