2人が本棚に入れています
本棚に追加
気が付くと、何も見えなかった。
とはいえ、真っ暗というわけではない。
周囲は明るい。それは分かる。でも、はっきりとは見えない。まるで、眩しすぎて周囲が見えないときのような。
俺は状況が理解できなかった。混乱して、泣き喚いてしまった。
「どうしたー? 卓也ー? ミルクか? それとも、ウンチしちゃったかなー?」
男の声が聞こえた。赤ん坊に話しかけるような猫撫で声だった。
すぐに、体を包む感触。抱き上げられたのだと気付いた。
嘘だろ? 俺、中学三年だぞ? それを、猫みたいに抱えやがった。
驚いたせいか、かえって俺は冷静になった。じっくりと、今に至るまでの記憶を辿ってみた。
今日は中体連の日だ。ラケットとボールを鞄に詰め込んで、学校指定のジャージを着て、俺は試合会場に向かった。市内の体育館。
卓球の地区予選の日。
去年、俺は、二年生にして全国大会の決勝まで勝ち進み、惜しくも敗れた。
幼い頃からやっていた卓球。正直なところ、自信があった。それだけに、日本一になれなかったときは悔しかった。
だから、それこそ血の滲むような練習をした。ただ量をこなす練習じゃない。時間は有限だ。いかに効率的に自分を磨く練習ができるか。それが鍵だと思っていた。
実際に、俺は、この一年で格段に強くなったと思う。今年こそは日本一に。今日はそのスタート。意気込んで家を出た。意気込み過ぎてズンズンという足取りで歩いていたら、石に躓いた。電柱に頭をぶつけて、意識が遠のいて。
気が付いたら、今になっていた。知らない男に、猫みたいに抱きかかえられている。
いや。まてよ。
この男、今、ミルクだのウンチだの言ってたよな? 赤ん坊に語りかけるみたいに。
俺の頭に、最近放送している数本のアニメが思い浮かんだ。死んで、生まれ変わる。つまり転生。
まさか、と思った。
そのまさかは、見事に的中していた。
俺は電柱に頭をぶつけて死に、転生したんだ。
最初のコメントを投稿しよう!