転生しても「卓球が……したいです……」とか思ってたんだけど、気が付くと、なぜか国家間の争いに参加してた

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『国家間のタッキュウ――断球(たっきゅう)。その歴史と成り立ち』 ■タッキュウ  漢字表記では断球と書く。現代では、競技としてのタッキュウと国家間紛争の断球は明確に分別されている。  競技の発祥は、古代バンビローンニア帝国というのが通説である。 【成り立ち】  この競技を生み出したのは、古代バンビローンニア帝国の奴隷達である。  彼等は、当然ながら、武器も遊具も与えられなかった。一日中支配者のもとで働かされ、少ない食事を与えられ、劣悪な環境で眠る。  そんな彼等が娯楽を求めるのは、当然であった。  あるとき、奴隷の一人が、建築の際のゴミとなった小さな石版で、小石を打って遊んでいた。  周囲の奴隷達も便乗した。  やがてその遊びに、台が加わった。台の上で小石を打ち合うのである。  その競技は、瞬く間に、奴隷達の間で大流行となった。一日の労働の疲れを、遊びで癒す。一日のストレスを、小石を打つことで発散する。奴隷達がその競技に夢中になるのは、当然であり必然と言えた。  日々繰り返される遊び。それはいつしか一つの競技となり、技術は研鑽され、芸術のごとく磨かれていった。  そんなあるとき。  一人の奴隷が気付いた。 「これだけ威力のあるショットが打てるなら、支配者層にも対抗できるんじゃないのか?」  小石を打ち出す速度は、現代の単位で言えば時速百キロメートルを上回っていた。そんな速度で小石を打ち出すのだ。それがもし、人間に当たったら。奴隷達がそう考えるのもまた、必然であった。そして、運命でもあった。  こうして、奴隷達は一念発起した。支配者層への反乱を起こした。  これが、俗に言う「バンビローンニア小石と石版の八日間戦争」である。 【戦争の結末】  期間こそ短かったが、八日間戦争の凄まじさは後世に語り継がれるほどであった。無数に打ち出される、高速の小石。対抗するように放たれる、支配者層の矢の雨。  血で血を洗うその戦いは、支配者層の(おさ)のこんな一言で終結を向かえた。 「その競技で勝敗を決めないか?」  支配者層の長は、魅せられてしまったのだ。あまりに華麗な、奴隷達のショットに。その素晴しい技術に。その証拠に、長は、奴隷達の中でも特に素晴しいショットを打つ二人に、迷わず貴族の地位を与えたという。  そして断球は、争いのない世の中では「タッキュウ」として親しまれ、争いの場では「断球」と呼ばれるようになった。 【その後の歴史】  争いの場での断球は、タッキュウとは一線を画す。タッキュウはスポーツであり、断球は戦争なのだ。  とはいえ、タッキュウと断球のルールに大きな差はない。一ゲーム十一点先取した方の勝利。三ゲーム先取した方が勝者となる。  ただし、断球は戦争である。命の奪い合いである。それ故、銃火器以外の武器の使用が認められ、かつ、競技中の相手への攻撃も認められる。  多くの者が利用するのは、投げナイフやダーツだ。タッキュウの試合をしつつ、相手を攻撃する。自陣から離れず相手を攻撃するのに、この二つは打って付けと言える。  ただ、中には、自陣を捨てて相手を直接攻撃する者もいる。  戦争という性質上、三ゲーム先取する前にどちらかが死亡した場合は、生き残った方が勝者となる。つまり、敵陣に攻め込むのは、ある意味で特攻と言えた。自陣を捨ててポイントを失いつつも、相手を斬る。  命を狙い合う戦争なのだから、断球の試合において死者を出さないケースは稀である。歴史上、死者が出なかった事例は、判明しているものでは二回しかない。  断球によって、多くの死者が出る。これはまさに、奴隷が起こした反乱の名残と言えよう。いや、そもそも、断球の本質とは、命を賭けた戦いなのだ。  当然ながら、我が子にタッキュウをやらせる親は少数である。強くなればなるほど、戦争に駆り出される可能性も出てくるのだから。  まして、自分の子を天才と思っている親馬鹿は、決して我が子にやらせないだろう。天才の我が子は瞬く間に腕を磨き、トップに立ち、いずれ戦争に駆り出される――そんな未来を想像してしまうから。  タッキュウを我が子にやらせた時点で、親は覚悟しなければならない。我が子を、戦いの中で失うことを。  口からワカメをはみ出しながら。
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