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アホかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?
思わす俺は、スマホを床に叩き付けそうになった。
なんだよ断球って!? 命を断つから断球ってか!? 冗談にしてはブラック過ぎるって! だいたい、ほとんどのケースで死者が出るって、そんなんただのデスマッチじゃねーか!!
ってか、そんな決着の付け方するなら、タッキュウの意味なんてほとんどねーだろ! 食玩に付いてる小さいお菓子くらい無意味だよ! それならいっそ、肉弾戦で決着つけろよ!!
心の中で絶叫しつつ、声に出すことはできなかった。俺の隣には、血走った目のコーチが座っている。
だがコーチは、俺の様子がおかしいことに気付いたらしい。人殺しの目で俺を睨んできた。
「どうした卓也。まさか、怖じ気付いたんじゃないだろうな?」
この顔は連続殺人犯の顔だ。下手なことを言おうものなら、絶対に殺される。とてもじゃないが「命の取り合いなんて冗談じゃない」なんて言えない。そんなことを言ったら、試合に出る前に殺される。
まさに、前門のコーチ、後門の断球だ。
まずは目先の安全を確保しないと。本能的にそう悟った俺は、乾いた笑みを浮かべて見せた。脇と背中は汗でビッショリだったけど。
「いやぁ、もう、血が騒いで騒いで。早く大将戦になってほしいですよ」
俺の言葉を聞いて、コーチはニイッと笑った。シリアルキラーはこんなふうに笑うんだろうな。
「そうだろうそうだろう。昔の断球で片目を失っていなければ、俺が出場したいくらいだ。鉄球を相手に叩き付けたときの感触が忘れられなくてな」
あ。こいつ、完全に混じりっ気なしの快楽殺人者だった。俺、こんなヤバい奴の指導を受けてたのかよ。
隣の狂戦士に恐怖を覚えつつ、俺は、黙って試合を見る事しかできなかった。逃げようものなら殺される。それならせめて、できるだけ死なないように試合をするしかない。
もう、日本の勝ち負けなんてどうでもいいよ。領海域のワカメなんてどうでもいいよ。味噌汁の具はワカメだけじゃないからな。
試合は、淡々と、しかし残酷に進行した。
先鋒戦は日本の勝利。二ゲーム目で五点リードされた時点で、こちらの投げナイフが相手にクリーンヒットしたのだ。相手は大量出血し、病院に緊急搬送された。
どう見ても卓球の試合じゃない。
次鋒戦は相手の勝利。相手の投げた鉄球が、こちらの選手の頭にクリーンヒットした。頭蓋骨が陥没したこちらの選手は、病院に緊急搬送された。
なんなんだよ、この競技。
中堅戦も相手の勝利。トリカブトの毒を塗り込んだ吹き矢を受け、こちらの選手が病院に緊急搬送された。
どこの暗殺者だよ、あいつ。忍者かよ。
副将戦はこちらの勝利。二ゲーム先取されたこちらの選手が、ナイフを持って、相手に突っ込んだのだ。刺された相手の選手は、病院に緊急搬送された。
もう卓球の面影すらない。ただの通り魔事件だ。
そしてとうとう、俺の出番が回ってきた。
これまで二勝二敗。俺の勝敗が、そのまま日本の勝敗となる。
「卓也ぁ! 負けたらどうなるか、分かってるんだろうなぁ!?」
試合会場――というか、金網の中――に足を進めた俺に、コーチが叫んだ。見ると、彼は、ナイフを手にしていた。人なんか簡単に八つ裂きにできそうな、ゴツいサバイバルナイフ。血に飢えた大型肉食獣の目でこちらを見ながら、刀身をベロリと舐めていた。
ヤバい。これ、負けたら殺されるやつだ。怪我をしないように適当に負けるなんて、できっこない。
タッキュウ台を挟んで、俺は相手と向かい合った。
相手の男は、人相が悪かった。彫りの浅い能面のような顔立ち。ギョロリと飛び出しそうな目。凶悪な魚みたいな顔だ。
試合が始まった。
相手は、サーブと同時にナイフを投げてきた!
俺の卓球の腕を舐めるな!
俺は、ボールとナイフをほぼ同時に打ち返した。
ナイフは明後日の方向に飛んで、審判に当たった。ボールは敵陣地でワンバウンドして、相手のラケットを空振りさせた。
まず、俺の一ポイント。
ナイフが当たった審判は無傷だった。まあ、全身を鎧で覆っているからな。
再び相手のサーブ。
相手は投げナイフ使いか。でも、それなら、ボールと同時に打ち返せばいい。俺の動体視力を舐めるなよ。
……って、なんだよ投げナイフ使いって。卓球で投げナイフって、意味わかんねーよ。
幸いというか何というか、相手の卓球の腕前自体は、大したことなかった。
俺は順調にポイントを重ね、一ゲーム目二ゲーム目と連取した。勝利まで、あと一ゲーム。あと一ゲーム取れば、俺はコーチに殺されずに済む。
三ゲーム目も、順調にポイントを重ねた。六ポイント連取した。
だが、体力の消耗が激しい。当然だ。俺は何の武器も持たず、投げナイフを捌きながら試合をしているんだ。命がけの緊張と、試合そのものの疲労。膝が震えるほど消耗していた。
金網の中には、相手が投げた百本近くのナイフが散らばっている。全部、俺が打ち返したものだ。
ってか、あいつ、何本ナイフ持ってんだよ? どこにナイフを隠し持ってるんだよ? あいつのポケットは異世界にでも繋がってるのか?
尽きることのない相手のナイフ。疲労が蓄積していく俺の体。
俺は頻繁にミスをするようになってきた。少しずつポイントが追いつかれて、とうとう七対七になってしまった。
まずい。疲れ過ぎて、もうナイフを打ち返すだけで精一杯だ。ボールを正確に打ち返せなくなってきている。
サーブの順番が俺に回ってきた。ボールを左手に乗せながら、俺は、ちらりとコーチの方を見た。
負けたら八つ裂きにすると、コーチの顔には書いてあった。
どうする? 俺は自問した。どうやって勝つ? どうやって生き残る?
俺は飛び道具なんて用意していなかった。純粋なタッキュウの試合だと思っていたから。つまり、俺が勝つには、純粋にタッキュウで――卓球で打ち負かすしかない。もちろん、投げナイフを捌きながら。
けれど、もう体力がない。正確にボールを打ち返せば、投げナイフの餌食になる。投げナイフを防げば、ポイントを失う。
四面楚歌。八方塞がり。絶望が俺を包んだ。俺に残された道は、死しかないのか。
吐きそうなほどの恐怖に包まれた。投げナイフの餌食になるか、コーチに惨殺されるか。嫌だぞ、そんな死に方。前世では電柱に頭をぶつけて死んで、現世では殺される、なんて。
俺は卓球をやり切って、満足して、そのうち後世の選手を育てて、子供や孫に囲まれて、穏やかに死にたかったんだ。馬鹿な死に方も痛々しい死に方もしたくない。
こんな境遇に陥るほど、俺、悪いことしたか? 前世で悪行でも重ねたのか? いや、前世では電柱に頭をぶつけて死んだだけだ。それなら、前々世か。もしくは、前々々世か。
恐怖のあまり、つい、馬鹿なことを考えてしまった。
もしかしたら、それがよかったのかも知れない。
俺の頭の中に、光が走った。この状況を打破する光明。
俺は目を見開いた。
いける! 俺ならできる! 俺のコントロールを持ってすれば!
サーブを打つため、俺は、手の平のボールを宙に放った。
そして、ラケットを振った。振ると同時に、手放した。勢いを付けて。相手に向かって投げるように。
ヒュンという空気を切る音。直後、俺のラケットは、相手の顔面にクリーンヒットした。丁度、両目の辺りに。
「おっぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
謎の悲鳴を上げて、相手は両目を押さえ、その場に倒れた。床の上で、体をくねらせながら藻掻いている。
「○■▽××××◇◇○●ーっ!!!!」
悲鳴の後、相手は何かを叫んでいた。敵国の言葉だから、何を言っているかは分からない。たぶん「目がー! 目がー!!」とでも言っているのだろう。
俺は相手を無視して、サーブを打った。当然、簡単に入った。俺のポイント。
俺のサーブの順番が終わり、相手にサーブ権が移った。相手は目が見えない状態のようだ。明後日の方向にボールは飛んでいった。俺にポイントが追加された。
こうして俺は、三ゲーム目も勝利した。最終的な三ゲーム目のポイントは、十一対七。
勝ったんだ。殺されずに済んだんだ。
恐怖から解放された俺は、涙を流しながら両手を振り上げた。
その涙は、傍目から見たら、命がけの戦いで勝利した勇者の涙に見えたのかも知れない。
最終の決着戦でストレート勝ちし、自国を勝利に導いた。試合後、俺は、国の英雄となった。マスコミ各社が家を訪れ、テレビ出演の依頼も数え切れないほどきた。
当然、モテまくった。芸能人からモデルまで、色んな女の子に声をかけられた。
巨乳のアイドルの子と付き合いながら、貧乳のモデルの子と浮気した。
俺が生きて帰ったことに、両親は喜んでいた。涙を流しながら俺を抱き締めた。母は、俺が帰宅してからしばらく、毎日泣いていた。息子が生きて帰った、安堵の涙。
そんな母に、俺はひとつのお願いをした。
「しばらくの間、味噌汁の具はワカメ以外でお願い」
あれを食用にしなければ、この戦争は起こらなかったかも知れないんだからな。
◇
二年後。俺は、浮気相手のモデルに刺されて死んだ。二股がバレたのだ。
そして、再度転生した。
転生先の卓球は、さらに過酷なデスマッチだった。
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