終章

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 一人暮らしの家に三人揃っているのは妙な狭苦しさを感じ、朝食を食べ終えてからは、早々に家を出た。白い着物姿だった冬夜は、昨日すでに、東京にいても浮かない服を用意してもらっている。  特別なことをするわけでもないが、俺の案内のもと、電車で東京の街の観光をする。二人とも、いままで一度も島を出たことがなかったようで、自動改札を通ることすら覚束ない様子だった。彼らは見るものすべてに新鮮な反応をし、都会の街を楽しんでいたが、しばらくすると人波に酔ってしまった。  そこで、昼食を兼ねてチェーン店のカフェに入る。 「島を出たいという気持ちはないのかい?」  俺の問いかけに、生ハムのサンドイッチを齧りながら、二人は微妙な表情を浮かべる。 「島を出る選択肢すら持ったことがない、というのが正直なところです。島が僕たちの世界で、世界の外に何があるのかも、よくわかっていませんでしたし」 「外の世界を知ったいまは?」 「色々なものがある面白い場所だなとは思いますが、やはり、島を出たいとは思いません。僕の居場所は島にあると、改めて感じました」  夏久は無言のままだが、冬夜の言葉に合わせて僅かに頷いているところを見ると、まったくの同意見のようだ。 「島を出る人は、全体としても多くないのかな」 「そうですね。完全に島を離れたという人は、僕が知っている中では二人くらいです。士郎さんのように、仕事の都合上一度島を出て、また戻ってくるという人もいますが」 「郷土愛というものだろうか。俺は生まれも育ちも都内だが、だからこそ、そのあたりの感覚はよくわからないかな」  言葉を交わしながら、久しぶりに味わうコーヒーに俺は舌鼓を打つ。深く香ばしい香りが鼻腔を抜けていくのがたまらない。  ふと、ズボンのポケットに入れていたスマートフォンが振動するのを感じた。取り出し画面を見ると、本町から連絡が入っている。 「分析結果が届いたみたいだ。食べ終わったら出ようか」  声をかけると、冬夜の表情に緊張が走る。そこからは、会話という会話もなくなくなった。しばらくは二人とも無言のまま食事を続けていたが、食べかけのサンドイッチは、そのまま店内に備えられたゴミ箱に捨てられることとなる。  再度電車に乗り、オフィス最寄りの駅へと向かう。それから雑居ビルに向かう間、俺は、昨日からの心地よさがなぜか遠くなっていく感覚を得ていた。妙な視線がまとわりついているような気さえする。  狭いエレベーターに乗り、中に設置されている鏡を見る。陰気な蛍光灯に照らされて、髪を染めておらず、眼鏡もかけていない、素の状態の自分と対面する。  目的の階に到着し、オフィスへと入る。そこにはいつもどおり、角田がいた。 「お疲れ様です」 「お疲れ様です。奥の会議室で本町さんがお待ちですよ」  俺が会釈をして奥へ向かおうとすると、慌てたように角田が立ち上がった。 「うちの機密事項に触れる話があるから、冬夜くんと夏久くんはここで待っててくれるかな? なにかジュースでも飲む?」  冬夜と夏久は戸惑うようにお互いに顔を見合わせ、次に俺を見てくる。 「結果を聞いてすぐに戻ってくるから、待っていてくれ」  彼らを安心させるように微笑むと、あとの対応を角田に任せて、奥の会議室へと向かった。一歩足を前に進めるごとに、先ほどからしている胸騒ぎが大きくなっていく。 「失礼します」  会議室のドアを軽くノックし、中へと入る。 「お疲れ様です本町さん。結果が出たということですが……その、どうかしましたか」  部屋の中には、小さな会議用の椅子と長テーブルがあるだけだ。そこに、神妙な顔をして本町が座っていた。俺はすぐに彼の表情の硬さを察する。促されるままに本町の横に腰掛けると、彼は、口を開いて抑えた声で話し始めた。
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