悪役令嬢症候群

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「招待状のない方はご入場できません」  会場の入口で先生は黒服たちに止められてしまった。  私が慌てて対応する。 「すみません、この人こうみえて成人なんです。こちらが招待状です」 「こ、これは国王陛下の!? 失礼いたしました!」  先生の招待状には国王印が押してあった。今回の依頼者って……。  会場の扉が開かれる。  わっと人々の話し声がいくつも重なって両耳を覆う。  立食形式のパーティー会場はすでに着飾った王族貴族でごった返していた。  天井に吊るされた私の部屋よりも大きなシャンデリアが視界の果てまで並ぶカラフルな料理を宝石のように照らしシャンパンを琥珀色に輝かせている。 「私をこんな場所へ連れてきてくれたということは、この中から好きな男性を選び放題。そういうことなんですね?」 「そんなわけあるか。仕事しにきたんだよ」  先生は普段通りだ。 「そんな! こんな極上の獲物を目の前にしてお預けなんて……先生は医者から拷問官に転職でもしたんですか!」 「な、泣くんじゃない! メイクが落ちる!」 「だって……」  私が目にためた涙が落ちないように必死になっていると 「……男漁りは仕事が終わった後にしてくれ」  と先生は諦めたように言った。 「いいんですか!?」 「仕事の後だぞ!」 「わかりました! だったらササっとお仕事を終わらせてしまいましょう!」  ゆっくりと会場を回りながら慎重にターゲットに近づく。  まるでスパイにでもなったような気分。 「今回の患者は彼女。フローラ伯爵令嬢だ」  さり気なく先生が視線を送った先にはひときわ華麗なオーラを身にまとった女性。  大型の熱帯魚が鱗に光を反射させ、水槽をゆったりと泳ぐように、腰まで伸びた髪をなびかせ会場にその存在感を振りまいていた。 「近くで見るとめちゃくちゃきれいな方ですね。でも確か、フローラ様って」 「そうだ。隣国の王子と婚約済みだ。来年の春には国を上げての盛大な結婚式が行われる。王子が国王にでもなった暁には晴れて王妃さまだ」  料理をついばみながら小声で話す私たち。 「す、すごいですね。で、そのフローラ様のなにが問題なんですか?」 「婚約破棄されそうなんだよ。王子に新しい女ができたらしくてね」 「……悪役令嬢症候群ってことですね」  地位の高い令嬢があとから現れた女性に婚約者を奪われて婚約破棄を言い渡される、という最近の流行り病だ。 「そう。だけど、この結婚はこの国にとっても重要な、いわゆる政略結婚ってやつでね。どうにか婚約破棄を回避してくれというのが今回の依頼なんだ」  国王印の招待状の理由はそのあたりかな。 「あれ? でもそれなら王子の方をどうにかしたほうがいいんじゃないですか? 浮気しているのは王子ですよね?」 「それが、実はあの(むすめ)の方も浮気している」 「ええっ!?」 「声大きいっ!」  口をふさぎながら声をひそめる。 「しかも相手は複数だ」 「さ、最悪ですね……」 「ここには男漁りに来ているんだよ」 「それもう悪役令嬢じゃなくて極悪令嬢じゃないですか」  とたんに彼女の優雅な動きが獲物を狙って尻尾をゆらして練り歩く肉食獣のように見えてきた。 「あの(むすめ)の男好きは君の美男子(イケメン)好きと同じでボクの腕でも治すことはできない」 「人の趣向を病気のように言わないでください」 「病気だよ。あれはもはや」 「で、でも先生? 自分で言うのもなんですけどそういうクセって治りませんよ? 嫁ぎ先でもやらかしちゃうんじゃないですかね?」 「嫁いだ後のことは隣国の責任さ。実は王宮では彼女の男癖の悪さにはかなり手を焼いていてね。彼女の結婚はどちらかというと厄介払いという面が強いんだ」 「そこまでいくと逆に尊敬しちゃいますね。モテる秘訣を教えてもらいたいくらいです」 「バカ言ってないであの娘の浮気をなんとしてでも止めるぞ。わかってると思うが極秘任務だ。くれぐれも目立たないように!」  こうして私たちの『悪役令嬢症候群の治療』が始まった。
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